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9 林間学校、行ってみる? 8

 


 俺がわざわざ斜面を降らず、上に登ろうとしたのは理由がある。遭難した際、人は焦って山を下りがちだが、下れば山の面積は広くなり、それだけ道のある場所にたどり着ける確率が減ってしまう。逆に登るとどんどん面積は狭まり、登山道にたどり着ける確率は上がる。それに今は一年生全員が登山している。道に辿り着けさえすれば、助けを呼んでもらうのは容易だ。

 容易だと思ったのだが……。


 先程から景色が一切変わらない。全くだ。

 おかしい、俺はまっすぐ上に登っているはずだ。それなのに、30分以上経っても一向に道が見えてこない。いや、俺は本当にまっすぐ登れていたのか? まさか、ずっと同じ景色を見てて、平衡感覚が保てなくなったのでは……俺は“遭難”したのでは?

 いやそんなことはない! 大丈夫だ! もし道を外れても、これだけ人がいる山なのだ。このまま登っていけば必ず誰かに出会う筈だ!


 俺は脇腹の痛みに歯を食いしばり、ほとんど四つん這いになりながら斜面を登っていく。先程から息切れが尋常では無くなってきた。

「武岡くん、凄い汗だよ。オオアリクイ連れてくれば良かった」

「何しようとしてるんだよこんな時に」

「とにかく下ろして。少し休憩しよう」


 俺はゆっくり秋月さんを下ろした後、額の汗を拭った。

「ふぅ、最近運動不足だったから良い運動になったよ」

 俺は笑ってみせたが秋月さんは笑わず、リュックからタオルを取り出した。

「私が拭いてあげる」

 俺の顔をゴシゴシ拭き始める秋月さん。

 スクラッチくじみてえな凄まじい力で顔をこすってくる。

「痛い痛い! いたたたたた! 拭くんならもっと優しく拭いてよ!」

「でも床掃除は力入れてやらないといけないってファッポさんが」

「俺の顔は床じゃねえしファッポって誰だよ!」


 先程目を覚ました時から思っていたのだが、秋月さんの態度ががいつもと違う。いつもは俺を気にかけたりすることなんか殆ど無いのに、何というか、優しい。熱が合ってちょっとハイになってるのかな。それとも、本当に俺のことを気にかけてくれてるのか。そうだとしたら少し嬉しい。まあ表現は不器用だけども。

「武岡くん、飲んで」

 秋月さんはコップに注いだお茶を俺に差し出した。俺は頭を振る。

「いや、それは秋月さんが飲みなよ」

 すると秋月さんは不思議そうに首を傾げた。

「つまり私のおしっこを飲みたい、と……最低」

「そんなわけねえだろ! どういう推理からそういう結論が導き出されたんだよ!」

 まあ今、本当はメタクソのどが渇いているから頑張れば飲めるかもしれん。絶対口には出さんけども。

「とにかく、秋月さんはただでさえ熱があるんだから、それは秋月さんが飲まなきゃ駄目だ。脱水症状になったら危険だ」

 何か時分に言い聞かせてるような言葉になったな。


「とにかく急ごう、道までももうすぐのはずだよ」

 俺は再び秋月さんに背を向けた。


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