9 林間学校、行ってみる? 7
「……くん、武岡くん……」
暗闇の中、遠くから、秋月さんの声がする。
「……武岡くん、武岡くん、聞こえる? 貴方は住吉くんの雌犬、貴方は住吉くんの雌犬、貴方は住吉くんの雌犬、貴方は住吉くんの雌犬、貴方は住吉くんの雌犬、貴方は住吉くんの雌犬、貴方は住吉くんの雌犬、貴方は住吉くんの雌犬、貴方は住吉くんの雌犬、貴方は住吉くんの雌犬、貴方は住吉くんの雌犬、」
「って何洗脳しようとしてんだよ!!」
人が寝てることを良いことに好き勝手しよってからに!
勢いよく目を開けた俺の目に飛び込んできたのは森の中の風景だった。右を見ても左を見ても木しかない。いや、右端にジャージが写った。あの膨らみは……。
「秋月さん!」
振り向くと、そこには果たして秋月さんがいた。彼女の顔を確認したことで段々と記憶が整理されてくる。そうだ、俺は道から落ちそうになった秋月さんを助けようとして、二人もろとも下に落ちたんだ。で、俺だけ気を失ってたってところか。
「そ、そうだ秋月さん、怪我はない!?」
正座していた秋月さんは珍しく目をそらす。
「していない。誰かがかばってくれたお陰で」
「そっか、良かった良かった」
「良くない、武岡くん、すごい勢いで木にぶつかってた」
「そんなに?」
「もう少しで木っ端微塵になるところだった」
「そんなに!?」
「可愛そうだから膝枕してあげようと思ったけど」
「え、してくれてたの……?」
「ううん、やっぱり武岡くんに私の膝はもったいないと思って」
「はっ倒すぞ」
「それから武岡くん、完全に伸びちゃってたから、私、どうしたら良いか分からなくて……」
「ああ、それは気にしなくていいよ秋月さん」
「とりあえず倒れた武岡くんを背景に自撮りしといた」
「イカれんてんのかお前は!」
「インスタでいっぱい良いね付くかなって」
「どっちかというと炎上案件だろそれ!」
話しながら、秋月さんの顔色が、先程見た時より更に青くなっていることに気付く。
「秋月さん、ちょっとおでこに手を当てるね」
「147円になります」
「何だその微妙な値段設定……」
言いながら俺は眉をひそめた。自分の手で測っただけでも、明らかに熱があると分かったからだ。
「すごい熱だ。どうしてこんな状態で山登りに参加したの」
「朝は興奮してて、熱だって思わなかったから」
「興奮?」
「昨日の経験を元に、武岡くんが住吉くんに雌犬調教されるシーンを夜通し書いていた。そしたら一睡もできなかった」
「あんた地獄に落ちるわよ」
絶対それのせいじゃねえか。でもここで秋月さんを責めても仕方がない。俺は秋月さんに背を向け座り直した。
「さ、とにかく元の道に戻ろう。背負って行くから」
「でも武岡くんも、怪我してるんじゃ……」
「いや、何か全然痛くないわ。落ち葉とかがクッションになってくれたんじゃないかな」
嘘です。さっきから肋骨がめちゃくちゃ痛くて泣きそうです。今まで骨折をしたことが無いから分からないが、これ、折れてるんじゃないだろうか。
などと弱ってる秋月さんの前で言えない。俺が弱気になったら一気に不安が伝染して、この場を切り抜けることが難しくなる。打開できる人物が居なくなる。
俺は男なのでこれくらいの痛みは我慢する。そして秋月さんを背負って元の道に戻る。痛がるのはそれからでも遅くない。
「さ、早く行こう。秋月さん、水筒は持ってるよね」
「うん」
「よし、水分補給はこまめにね」
ゆっくり俺の肩の手を回してきた秋月さんを背負い、彼女のリュックに入っていた紐で固定して俺は立ち上がった。くぅううう、痛えええええ!
ちょっと涙が出てきたけど俺なら出来る。必ず元の道に戻るぞ!




