9 林間学校、行ってみる? 3
気を取り直そう。料理は俺の得意分野だ。住吉はずっとバスケばっかやってて料理なんかやったこと無いだろ。ここで俺の有能さを秋月さんにも見てもらわなければ……。
いや違う、何で俺は秋月さんにアピールしようとしてるんだ。秋月さんと住吉がくっついてくれた方が万事うまくいくじゃないか。
俺は頭を振った
そうだ、俺は住吉に負けっぱなしなのが嫌なんだ。秋月さんがどうこうは関係なく、ただ住吉に勝てるところを探してるだけなんだ。そう思って今回は自分を納得させることにした。
俺は素早く野菜を洗い、ニンジン、ジャガイモ、タマネギと皮を剥いていく。剥き終わったら今度は切る作業、一番の見せ場と言って良い。見とけよ住吉。家族のご飯を作り続けて鍛えられた俺の料理力を!
俺は手際よく一定のリズムで野菜を切り分けていく。どうだ住吉! 俺の包丁さばきは!
チラリと住吉の方を見ると、腕組みをして俺の作業を眺めている。試験官かお前は。
暫く気にせず作業をしていたのだが、あまりに見ているだけなので俺も気まずくなってきた。
「おい、見てないで手伝えよ」
「良いだろ? 俺はお前の横顔を見てたいんだ」
「何言ってんだお前……」
瞬間、後ろから2つの光が俺と住吉の間に鋭く輝いた。まるで照射器で照らしているかのようなまばゆい光……そしてこんな声が聞こえた。
「BL……BLの匂いがする……」
成程、あの2つの光はBLの匂いを嗅ぎつけてギラギラ光っていた秋月さんの眼鏡であったようだ。
「サラダづくりに集中して秋月さん」
俺は前を向いたまま言った。うっかり後ろを向いたら眼鏡の光で失明しかねないからな。
「なあ」
今度は何故か少し小さめの声の住吉。
「何だよ」
俺はこの時ちょうど野菜を切り終わり、包丁を洗っていた。住吉は相変わらず腕組みをし、俺の手元を見ながこう言った。
「お前、何で秋月さんと付き合ってんの?」
一瞬、俺は無意識に呼吸を止めていた。
同時に、手の先に鋭い「熱さ」を覚える。この感覚、経験がある。指先を包丁で切ってしまったのだ。
「いって!」
予想は当たっていた。左手の人差し指からポタポタと赤い血が垂れている。
「武岡! 大丈夫か!」
「大丈夫だよ、もう水で洗い流したようなもんだし、後は……」
不意に住吉の巨人みたいな手が俺の左手を掴んだ。正直ビビった。まるで機械によって固定されたかのような力で、俺は全く腕を動かせなかったのだ。こいつは根本的にパワーのレベルが違う。
「うん、傷は浅いな」
そう言うと住吉はポケットからハンカチと絆創膏を取り出し、その巨大な身体に見合わない繊細な手付きで処置を施してくれた。
「よし、これで大丈夫だな」
先程まで多少険しかった住吉の顔は元の笑顔に戻っている。直視できないほど眩しい笑顔だ。
「あ、ありがとう」
流石に今度は礼を言うしかなかった。気づけば周りで見ていた女子達が色めき立っている。そりゃクラス一のイケメンのファインプレーを目の前で見てたら飯が3杯食えるだろうよ。
「美味しい、ご飯、美味しい」
いつの間にか俺と住吉の間に割って入った英里さんが、炊飯器からまだ固いご飯を取り、パリパリ食べている。化け物かよこいつ。
化け物だったわ。
「美味しい! イケメン見ながら食べるご飯美味しいいいいいいい!」
死んだふりした方が良いかな、これ。
なにはともあれ、俺たちは料理を再開し、無事にカレーを作りきった。作りきったが、俺の頭には引っかかっていることが2つあった。一つはあの化け物を班に入れたまま、犠牲者を出さずにここから帰ることが出来るのかという不安。まあそれは大したものではない。
一番俺が引っかかっていたのはさっき住吉が言った言葉だ。「お前、何で秋月さんと付き合ってんの?」
その言葉を聞いた時、その言葉のまま「どういう経緯で付き合うことになったのか」と聞いているのだと俺は考えた。
だが、すぐその言葉には幾つかの意味で、ともすれば俺が最初に考えていたのとは真逆の意味でも捉えられることに気付いたのだ。
どうして付き合ってるのか、つまり、『どうしてお前なんかが秋月さんと付き合えるのか』という非難する意味でも捉えられる。また、『どうして好きでもないのに付き合っているのか』と、ズバリ俺たちの関係を見透かしたものかもしれない。あと『そんな女と別れて俺と付き合え』という秋月さん大勝利な意味かもしれない。
いやそれは冗談だが、あの言葉を聞いてから、俺は住吉の笑顔に一筋の影が見えるような気がしたのだ。それもそれで、俺の思い過ごしかも知れないが……。




