9 林間学校、行ってみる? 2
「えー、お前ら各自食材は取ったな? じゃあ今から四人班ごとにカレー作って貰うからな。仲良くやれよ。仲良く出来なかったら仲良く山に埋めるからな。以上」
先生が頭を掻きながら下がっていくと、キャンプ場の中にある調理場はにわかに活気づいてきた。各々が分担や、調理法について仲良く話し合っている。
「で、俺たちはどうする?」
住吉がニヤニヤしながら俺に聞いてきた。俺の横から秋月さんがニュイッと出てくる。
「住吉くん、私に任せて。料理は得意なの」
とんでもない嘘を付くな。お前はあの時出来上がったゴボウの焼死体の墓の前で同じことが言えるのか。
「秋月さんは英里さんとサラダを作ってくれる? カレーは俺と住吉で作るよ」
「ええっ! 私、住吉くんと一緒にカレー作りたかったあ!」
同じ班の英里さんが、テラテラ光る頭部を左右に振りながら言った。ビッチャビっちゃとよくわからん粘液が辺りに飛び散る。
こんなことを言うと英里さんがどんな姿をしているのか気になる人も居るだろう。だが彼女は至って普通の女子高生である。ただちょっと、どう見ても全身が地球上に存在しない生き物のような攻撃的なフォルムをしていて、頭部が異様に大きく、口の中からもう一段口が出てきて、授業中に鳥や虫を捕食したりするだけである。
まあそんなちょっとだけお転婆な英里さんをカレー作り担当に入れておくと、牛肉を生で食い散らしかねないのでサラダ担当になってもらいたかったのだ。あの放火犯に至っては説明の必要も無いだろう。
で、消去法で俺と住吉がカレー作り担当となったわけだが、これは周りの生徒からの俺、秋月さんへのヘイトを和らげるためでもある。もし俺と秋月さんが同じ作業をしていたら男子からのヘイトを買い、秋月さんと住吉が仲良くしていたら、それこそ女子から幾億の包丁が降り注ぎかねない。
以上のことを言葉を選びながら班員に説明した。
しかし早速問題が起こる
「ということで、よろしく英里さん」
秋月さんが英里さんに挨拶した時である。握手しようと出した秋月さんの手を英里さんがパッと払い退けた。あたりの空気が一瞬で凍る。
「ふん、ちょっと可愛いからって調子に乗るんじゃないわよ! 身体は私の方が勝っているわよ!? 男子の視線も常に釘付けなんだから!」
食われないように一秒たりとも気が抜けないからだよ。
「人間中身が大事なんだから!」
英里さんのびちゃびちゃ言葉を聞いていた秋月さんは一度俺の顔を見た後、一息にこう言った。
「先ずあなたは人間かどうか怪しいし鳥を捕食する人の内面なんか知りたいと思う? と、武岡くんが言っている」
おい! 俺になすりつけるんじゃねえ! 俺が食われるだろ!
「何ですって! 鳥は生で食べても美味しいのよ! そうよね武岡」
何で俺に同意求めるんだよ! あとそこじゃねえだろ論点!
「私は住吉くんが居たからこの班に入ったの! アンタみたいな性格の悪い女と一緒なんて最悪だわ!」
「私は仲良くしようと思っただけなのに、一方的に突っかかってきた貴女はここの排水溝より汚い性格をしている。と武岡くんが言ってる」
だから俺に擦り付けるんじゃねえ!
「何ですって! 私に文句あるの武岡ぁ!」
英里さんの黒光りする巨大な身体がズイイイイッと寄ってきてた。あ、食われる。直感的に悟ったその時、誰かが俺と英里さんの間に割って入った。
住吉だ。
「まあまあ、落ち着いて」
「退いてよ住吉くん! あいつ食わな、いや、抗議しないと気がすまないのよ!」
誰かこいつを駆除してくれないか! 俺食われる所だったんだが!
間近に迫った10tトラックのような激圧を目前に、住吉は鉄壁の微笑みを崩さず、こう言った。
「さっき秋月さんに『ちょっと可愛いから』って言ってたけど、俺から見たら英里さんも凄く素敵だよ」
言った。言い切りよった。この地球外生命体モンスターにどういう感情でその言葉を発してるんだ、こいつ。
しかしその瞬間静寂が訪れ、どこかでうぐいすの鳴く声が一つ聞こえた。
先程まで凄まじい圧で迫っていた英里さんの進撃がピタリと止まる。
と、急に頬を赤らめ、おどおどと体中を落ち着き無く触り始めた。ネチャネッちゃ粘液が散っている。
「ちょ、住吉くん何言って……!」
効いた! こうかはばつぐんだ!
「英里さんに暴力は似合わないよ。俺、君が作ったサラダ早く食べたいな」
畳み掛ける住吉。そんな臭いセリフを俺が吐こうものなら教室中の反感を売り切れるまで買うことになるだろう。
「う、うん分かった! 任せて! 野菜に対して憎しみはないから作れる」
肉への憎しみはあるのかよ。
ともあれ、英里さんの怒りは収まり、“表面上は”仲良く秋月さんとサラダづくりを始めた。
「じゃ、俺たちもカレー作りに戻るか!」
住吉はさっき英里さんに向けてたのと同じ笑顔で俺の肩を叩いた。場を収めてくれたことに対して礼を言ったほうが良かったのだろうが、俺はつまらない意地が働いて
「ああ」
と小さな声で言っただけだった。




