8 編集さん、来るらしいよ? 1
いつものように学校から帰り、自室に入った時である。
「おかえり。今日、編集さん来るから」
待ち伏せていたかのように秋月さんが言った。ヘン・シュウさん? 何か変わった名前だな。
「いや待て。どうやって家に入った」
「合鍵を作ったの。何か問題でも?」
「問題に決まってるだろ! 何なんだその溢れ出るふてぶてしさ!! あとヘンシュウさんって誰だよ!」
「言ってなかったかしら? 私、商業作家なの」
「へえ、商業作家……って、ええ!? それってつまり、プロの小説家ってこと!?」
「そう」
秋月さんは前髪をかきあげた。珍しく得意げである。
「ちなみに私の作家名は『秋月こうもん』」
「最低じゃねえか。どういう精神状態の時に己の名前にこうもんの名を刻み込もうと思うんだよ」
「平仮名だから可愛いでしょ」
「平仮名になったところで肛門のエグさは中和出来てないよ」
「秋の夜長にお尻が浮かんでるみたいで風流じゃない?」
「悪夢だよそれは」
高校生で作家なんてにわかには信じがたいのだが、秋月さんはその片鱗を見せていた。彼女はウチに来ると、飯食ってる以外はほぼノートPCとにらめっこし、凄まじい速さで文字を打ち込んでいた。あれは小説を書いてたいのだろう。
「でも秋月さん、何のジャンルを書いてるの? まさかミステリーとか?」
「ううん、BLと、時々ノーマルの恋愛もの」
それなら納得である。彼女のBLに対する情熱は俺が身を持って体験している。情熱が強すぎて仕事にまでなってしまったということなのか。
その時、インターホンが鳴った。
「編集さんだ」
「今更だけど何で俺の部屋に呼ぶんだよ」
「武岡くん、急いで全裸になって」
「何でだよ!」
「生贄にしようと」
「この部屋に何を呼んだの?!」
「こんにちは」
不意に俺の背後から声がした。
驚いて体勢を変えると、見知らぬ女性が立っている。パンツスーツに身を包み、そのシルエットはスラリと細い。髪は後ろでポニーテールに束ねていて、大きな瞳からは底知れぬパワーがみなぎっているようだ。
いやそんなことより
「あ、あの、鍵、開いてました?」
「いいえ」
「じゃ、じゃあどうやって……?」
「ベランダから」
「ここ七階ですよ!?」
「BLの前に超えられない壁は無いのです」
顔は整って美人だし、喋り方も静かなのだが、目がイカれている。多分頭もイカれているので秋月さんの知り合いなの確定。
「ところで先生、このウケっぽい少年は誰ですか?」
ウケ?
「その人は武岡くん。私のお手伝いさん」
「おい」
「武岡くんにも紹介しておくね。この人が編集の林さん。これからちょくちょく来ると思うから覚えておいて」
「ベランダから侵入してくる人を忘れられるわけないだろ」
俺が溜息混じりに言った、その時である。
「キシャシャシャシャシャ!」
この世のものとは思えぬ笑い声が部屋中に響いた。
全然関係無いんですけど今日初めて占いをしてもらいました。