7 幽霊、出るらしいよ? 4
こうして俺は秋月さんを追い出すことに失敗した。怪談話は効果を発揮するどころか、彼女はそれをイカれたBLストーリー(?)にリライトしてしまったのだ。彼女にお化けに対する恐怖心は微塵も無いのだろう、と、思っていた。
翌日、ふてぶてしくやって来た秋月さんは、俺の作った料理を平然と平らげた。これは常日頃から繰り広げられる光景である。
ところが夕食を食べ終わった彼女の行動がいつもと違っていた。
彼女はそのまま、持って来たノートPCを開き、カタカタとキーボードを叩き始めたのだ。
俺は首を傾げた。いつもの彼女であれば、夕食を食べたら一度自宅に戻る。そもそもノートPCなんて持って来ていなかった。いや、よく見ると入浴グッズを脇に置いているではないか。……もしかして風呂に入るまで居座るつもりなのか。
「あれ、秋月さん帰らないの?」
「その言い方、まるで私に帰って欲しいみたいね」
「そうだよ」
俺は深く頷いた。
「そこまで言うなら仕方ない。ここに居てあげるわ」
「何でいっつも上から目線なんだよ座敷わらしがよお」
少し変だと感じたものの、秋月さんはケセランパサランみたいに捉えどころがパサランパサランした人なので、そういうこともあるのだろうと思うことにした。
それから暫くして、秋月さんはキーボードから手を離し、大きな伸びをした。
「武岡くん、お風呂湧いてる?」
「うるせえ、湧いてるよ」
俺は目もくれずに言った。いくら秋月さんがスタイル抜群の美少女とはいえ、こうも図々しいと興も冷めるというものだ。
「一緒に来て」
「え?」
俺は耳を疑った。
「風呂場まで、一緒に来て欲しい」
「……何で?」
「一身上の都合によるわ」
「何で自主退職する時みたいな言い方なの」
このようなやり取りをしていても秋月さんは未だに無表情だ。
残念ながら彼女の心中を全くお察し出来ない。何故秋月さんは俺と風呂に行きたいというのか。考えられるのは俺とおヘソの数を数え合いっこするため? そうだな、そうに違いない。そうに決まっている。でも裸だと問題があるから早速マイクロビキニを着てこよう。そうか、秋月さんはこのためにマイクロビキニを俺にプレゼントしたのか。点と点は線で繋がってるんだな、マイクロビキニみたいに。
「ちょっと待ってて」
俺は素早くマイクロビキニに着替え、ダイニングに戻った。
「お待たせ」
「待ってない」
秋月さんは激しく首を振る。
「え、だって俺と風呂入るんでしょ?」
「なに勘違いしてるの? 私はお風呂に入っている間、風呂場の前で待っていて欲しいと言いたかっただけ。仮に私とお風呂に入るんだと勘違いしたところで、マイクロビキニを着てくるのはイカれてるよ」
「何だよその言い方! 俺が変態だっていうのか!!」
「鏡を見てみたらどう?」
結局俺は秋月さんが風呂を出るまでずーっと風呂場の前で待たされていた。これが長い。女子だから時間がかかるのは分かるのだが、1時間も貴重な時間を、何故マイクロビキニ姿のまま過ごさねばならないのかと思うと、世の不条理を痛感せずには居られない。
しかし俺に見張りをしろなんて普段は絶対言わない。今日の秋月さんはやはり何かおかしい気がする。
風呂から出た後もダイニングに居座り続ける秋月さんを尻目に、俺は自室にこもって勉強を続け、やがて時刻が日付をまたいだところで俺はシャーペンを置いた。駄目だ、秋月さんが居座り続けるため以前にもまして全く集中出来ない。これじゃ事態が悪化するだけだ、明日は少し強めに言ってみよう。
と、掛け布団を跳ね上げた時だ。
黒い物体が動いた。
「うわああああああ!!!」
俺はジャングルに生息する猿みたいな悲鳴と挙動で飛び上がった。
「うるさいな。こんな時間に大声出したら近所迷惑だよ。常識無いの?」
布団の中に寝転がっていた人物が言った。
「いやそんな所に寝てる秋月さんがその台詞を言う資格は無いよ! 何でそんなところに居るの!?」
「些細なこと気にしないで」
「些細じゃねえだろ!」
と、言いながらも俺の目は秋月さんの身体を凝視していた。ほとんど下着みたいなキャミソールから見える胸の谷間は、重力で押し付けられ、余計にそのボリュームを感じる。むき出しの太ももは普段見ているのとは全く違う艶めかしさでベッドの上を這うようだ。
「私、気付いたらここに居たの」
「何で急に記憶喪失になるんだよ!」
でも本当にいつ入ってきたんだ秋月さん。
「というか、そこ俺のベッドだから、その、退いてくれない?」
「退く必要があるの?」
「え?」
「このベッドは少し大きい。二人が横になって寝たとしても、窮屈じゃない」
「つ、つまり?」
「武岡くんは床で寝て欲しい」
「何でだよ! 何のためにちょっとベッドの空き状況を示唆したんだよ期待するだお!!」
俺は大きく溜息をついた。
「もう良いよ、俺はソファーで寝るから」
「駄目」
出て行こうとする俺の袖口を秋月さんが掴んだ。彼女は俺の目をしっかり見て、言った。
「武岡くんは、ここの床に寝なきゃ駄目」
「はっ倒すぞ」
どうしても秋月さんが譲らないので、結局俺は来客用の布団を敷いて自室の床に寝ることになった。同じ空間に女子が寝ているというのは、思春期の男子にとってかなり刺激的な体験である。かくいう俺は一睡も出来なかった。一方秋月さんは速攻のスヤスヤピーだ。そのスヤスヤな寝息にもムラムラしてしまうので目も頭も冴えに冴えてギンギンだった。
冴えた頭で俺は今日の秋月さんのことを考えていた。彼女の行動は何故いつもと違ったのか。何故いつもの5割増しで鬱陶しかったのか。
導き出される答えは一つ。
秋月さんは、ちゃんと幽霊を怖がっている。
そう、昨日あんなノーダメージそうに振る舞っていた秋月さんは、結局のところ幽霊に怯えていたのだ。だから今日はまるでひっつきもっつきみたいに俺にくっついて来たのだ。秋月さんを追い出そうと計画して話したホラーストーリーは結局、逆効果になってしまったということである。
次の日、ウチに来た秋月さんに俺は全てを話した。
秋月さんは黙って話を聞いていたが、話し終わると、無表情のまま、ぷくぷくと頬を膨らまし、しばらく俺の顔を凝視していた。
おわり