5 委員会、入ってみる?
「えー、ではまだ決まってない委員会の役員を決めるぞ」
帰りのホームルーム、担任の幸田先生が面倒くさそうに出席簿で肩を叩いた。「えー」「帰りたい」「お前やれよ」などの声が飛び交う中、俺は沈黙していた。
委員会とかどうでも良かった。それよりも今朝の出来事がずっと引きずっていた。
告白された時は舞い上がっていた俺だが、今となっては秋月さんと親密な関係になりたいと思っていない。彼女の頭が著しくおかしいというのもあるが、一番は勉強の妨げになるからだ。俺には絶対東京の大学に合格しなければならない理由がある。
だから秋月さんが「やっぱり寝取られとかどうでも良いから住吉くんと付き合いたい!」となってくれた方が万事うまくいくわけだ。
わけだが……住吉との一件で俺は勝手に男のプライドを傷つけられていたのだ。
「おーい、決まるまで帰れないぞー。誰かメラペンタスンチャ委員会に入る人は居ないのかー」
幸田先生が再び言った。
メラペンタスンチャ委員会は、まあその名の通りメラペンタにスンチャする委員会なのだが、やはりペルパッタそうなイメージがあって誰もやりたがらない。
「だってメラペンタスンチャが来たらどうするんですか」
「そんなもんメラペンタスンチャに決まってるだろ」
先生と生徒がしきりに言葉を交わしているが、誰も手を挙げる者は居ない。そりゃ誰だってホホンハァは嫌だよなあ。
その時である。
俺の右隣、窓際の席に座っている生徒がゆっくり手を上げた。
「え?」
俺は思わず声を出してしまった。手を上げた生徒が、秋月さんだったからだ。
「お、秋月やってくれるか」
幸田先生の嬉しそうな声と共に教室中がどよめき、全ての注目が秋月さんに集まった。
「おいお前ら静かにしろー。秋月、本当に良いのか? ドドケヴンだぞ? ヒャーピッピ出来るか?」
「フッハフッハホーしたことがあるのでメラペンタスンチャかと」
「ホー」
「ただ一つ条件があります」
普段は大人しく、一言も喋らない秋月さんが自己主張しているとあって、クラス中から熱視線が送られている。彼女が何を言うかみんな興味津々なのである。
「武岡くんと一緒にやりたいです」
秋月さんは上げた手をそのまま俺の方に持ってきた。
「え!?」
秋月さんの行動が予測不能過ぎて本当にフッハフッハホー。いやいや! 俺フッハフッハホーしたことないよ、フッハフッハホーは! フッハフッハホーは!!!!!
「まあどうせ二人選出する必要があったし、武岡もそう言うなら二人でやってもいいが」
「いや俺まだ『え!?』言ってませんよ!?」
「秋月、ちなみにどうして武岡とやりたいんだ?」
秋月さんはまるでロボットのように、俺の方を見て、言った。
「私達、付き合ってるからです」
その時のクラスのどよめきの凄まじさをどう表現したら良いのだろう。あまりの大声で空気の揺れが見えるかと錯覚するほどだった。
先程まで秋月さんが集めていた注目が全て俺に注がれる。注がれすぎて決壊しそうな程の熱視線だ。半分は興味、だが半分は……
敵意。
御存知の通り、秋月さんはクラスの男子から最も人気のある生徒だ。クラスの端で、大人しくしているスタイル抜群の美少女がモテないなんていうのは、漫画か小説の中の話だけで、実際そんな女子が居たら男子からめちゃくちゃモテるし、告白もされまくる。
その秋月さんが、隣に居るだけで特にイケメンでもなくフッハフッハホーも出来ない俺と付き合っていると公言したのだ。そりゃ男子のヘイトを一気に買うのもハホハッホ。
何してくれてんだ秋月さん! これ絶対クラスで孤立するやつじゃん!!
一人の右手が上がったのを見たのは、その時である。
「おいお前ら静かにしろー。どうした住吉?」
「せんせー、俺もメラペンタスンチャ委員会に入って良い?」
その瞬間、窓ガラスが破裂するかと思うほど、女子達から凄まじい悲鳴が上がった。何故、彼がメラペンタスンチャ委員会に入る必要があるのか? それも男子から一番人気のある女子が所属する委員会に。
その時秋月さんに向けられた女子からの視線は興味から殺気に変わった。俺の気の所為じゃない。彼女たちの目は夜には赤く光るだろう。
「何だ住吉、お前もメラペンタに興味があるのか」
「いやスンチャカしたいんすよね」
「まあ人数多いほうが良いだろう。よし、メラペンタスンチャ委員会はこの三人に決定だ。以上、解散」
幸田先生はまだどよめきの残る中、さっさと教室を出て行ってしまった。
え、ちょ、これどうするの……?
俺は一先ず秋月さんの方を見た、が、いない。あれ!? と思って見回すと、彼女はちょうど教室の扉を開けて出ていこうとしているところだった。
ちょっと秋月さん!? 場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して後は俺に敗戦処理やらせるの!? それは許されざるよ!?
注目の的であった秋月さんが退場したことで、クラス中の注目が再び片割れの俺に集中した。熱い! 視線が熱過ぎてこのままだとステーキになっちまう!
「おーい、武岡」
俺が急いでカバンに教科書を詰めていると、頭上から声が飛んだ。
恐る恐る見上げると、やたら高い位置に顔がある。住吉だ。
住吉はニヤッと笑い、俺の肩を叩いた。
「これからよろしくな」
何を考えているんだ。
この男は一体何を考えているんだ!!




