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4 近道、してみる? 2

 ガタイもよく、全員長身の彼らは、普通科一年生の俺達にとってもはや壁である。

「どこ行くんだよ」

 男たちの一人が言った。胸の名札には「笠原」と書いてある。

「すみません、授業に遅れるので通してくれませんか?」

 俺は努めて丁寧に言った。少しでも刺激すれば、こいつらは何をしてくるか分からない。


「お前は行って良いよ」

 笠原は俺に顎でしゃくって見せた。

「用があるのはそっちの女子だけだから」

 男達から下卑た笑い声が上がる。全員秋月さんを舐めるような目で見ている。不味い、これは秋月さんが危険だ。俺は絶対秋月さんと離れるわけにはいかない。


 引き返そう。始業には遅れるが、ここで絡まれるよりずっと良い。秋月さんと繋いだ俺の手は汗でぐっしょり濡れていた。

「おい、てめえ邪魔だから退けよ」

 不意に男たちの一人が俺の胸ぐらを掴んだ。

 凄まじい力で俺は宙に浮く。床がやけに遠く見える。

 やばい。ここから地面に叩きつけられたら、どう転んで痛いじゃ済まない。

「逃げろ! 秋月さん! 先生を呼んできてくれ!」

 俺はヤケクソで叫んだ。

 しかし秋月さんはその場でうずくまってしまっている。

「待って、今目の前で男達の濃厚な絡み合いを見たせいで脳が発熱してるの」

「こんな時に何いってんだこのイカレポンチが!!」

「え、ちんp」

「違う!!」



「なーんか騒がしいなあ」

 秋月さんの更に後ろから男の声。意外にもその声を俺は聞いたことがあった。

 第三者の登場に驚いたのか、男が俺を掴み上げていた手を下ろした。お陰で俺はハロー地面。久しぶりだね、キスしたいくらい恋しかったよ。

 改めて振り返った俺は眉間にシワを寄せていた。

 近づいてくるその男は、兎耳のヘッドフォンを付け、前髪をセンターで分けていた。

 だがその中性的なアイテムとは逆に、遠目にも高校生離れした体格をしていた。恐らく、俺達に絡んできた生徒の誰よりも背が高く、歩き方から筋肉に引き締まり方が見て取れる。

「おい、あれバスケ部の住吉だ」

「あいつが」


 男達が口々に囁いている。

 そう、このデカい奴こそ、学校一モテるバスケ部のエースであり、俺のクラスメイトであり、秋月さんの想い人、住吉陸兎である。秋月さんは住吉から目を離そうとしない。心なしか住吉を見る彼女の目は煌めいている。そんな目、俺に一回でも向けたこと無かったくせに! ムキー! 


 住吉は俺と目が合うと、何やら含み笑いをしながら目をそらした。

「おやおや秋月さん、こんな所で何してるんだ? それからお前は、えーっと」

 この野郎……!

「武岡だ。同じクラスの」

「あーそうだった! ごめんごめん、悪気は無いんだ!」

「……お前こそ何してんだ」

「そんなもん朝練で眠いから部室で寝てたに決まってんだろ」

「いやお前のルーチンなんか知らんわ」


 その時、不意に秋月さんが耳打ちしてきた。

「武岡くん、もっと強い言葉で住吉くんを責めて。住吉くんに自分が貴方のメス犬だと分からせるの」

「お前はちょっと黙っとれ」

「と、いうことで」


 住吉は俺と強引に肩を組み、自分の方に引き寄せた。不本意ながら秋月さんより良い匂いがした。

「そういうわけで野球部の皆さん、こいつら俺のクラスメイトだから見逃してよー」

 住吉の声はまるで幼児が親に甘えるようだった。

 男達は顔を見合わせていたが

「ああもう、行けよ」

 と投げやりに言って部室に引き上げていった。

 住吉と「事」を構えることが厄介であると悟ったのだろう。



「じゃ、俺は寝直すから」

 住吉は俺から離れると、まるで何事もなかったかのように帰っていく。ウ●トラマンみたいな奴だな。デカいしちょうど三分くらいだったし。

「住吉くん、ありがとう」

 秋月さんが遠ざかっていく住吉に言った。俺が今まで聞いたどの時よりも大きな声だった。

「おー。お前ら朝はここあんま通らないほうが良いぞー」

 住吉は振り向きもせず、右手を上げて答え、バスケ部の部室に入って行った。


 助かった。住吉のお陰だ。

 だが何だこの釈然としない感じ。

 あれ、俺と秋月さんって、付き合ってる、よな。どうだ。だからあの状況で彼女を助けないといけないのは俺だった。

 でも俺は無力で、何も出来なかった。

 それなのに住吉は、一言二言相手と言葉を交わすだけで、簡単にあの場を収めてしまった。例えるならば刀を抜くことすら、いや、鯉口を切ることすらしなかった。

 ……あれ、俺住吉に勝てる所、何も無くね?



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