むかし話
「『姉さん』……って……え、私……?」
目の前の女性……エドナが発した言葉の意味がわからず、困惑するレジーナ。
それを見て我に返ったエドナは、慌てて取り繕う。
「ご、ごめんなさい!あなたが身内にとてもよく似ていたから……つい」
そう言いながらも、エドナは半ば確信していた。
偶然出合った目の前の少女が何者であるのかを。
そしてそれを確認するために質問をすることにした。
その間、ジスタルとレジーナの護衛は二人のやり取りを黙って見守っている。
「あなたは……もしかして、レジーナ?」
「えっ!?」
目の前の女性とは初対面のはずだ。
なのに名前を言い当てられ、レジーナは再び困惑の声を上げた。
「そう……ですけど、どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」
そう聞くものの、少なくともレジーナの記憶にはない。
困惑する彼女に苦笑しながら、エドナは応える。
「覚えていないのは当然ね。あなたが赤ん坊の頃にしか会ったことがないのだから。私の名はエドナ。あなたの母親……リアーナの妹よ」
「ええっ!?」
三度目にして最大の驚きの声が上がった。
亡くなった実母に肉親が存在したこと。
そして、『エドナ』の名。
色々な事がいっぺんに起こりすぎ、彼女は理解が追いつかない。
そして心の整理がつかないまま、今度はそれまで黙って成り行きを見ていたジスタルが言葉を発する。
「俺も君が小さい頃に会ってるんだ。あぁ、名乗りが遅れたが……俺の名はジスタルという」
「っ!!」
その名乗りには、レジーナのみならず護衛の男も反応した。
彼はまだ年若いが、剣聖ジスタルの名は知っていたらしい。
「聖女エドナ……剣聖ジスタル……じゃあ、あなたたちがエステルさんのご両親……なのでしょうか?」
「!エステルを知ってるの!?」
今度は二人が驚く番だった。
エステルに会いに王都までやって来たものの、王城関係者の伝手が乏しく困っていたところ。
そこにきて、思いがけない出会い……これこそ正に運命と呼ぶべきものだろう。
「……こんなところで立ち話もなんだ。場所を変えないか?」
「それでしたら……近くに公園があるので、そちらで……」
人の往来が激しい街路で話すような内容ではない。
そう判断した彼らは、より詳しい話をするために場所を変えることにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…………じゃあ今は、エステルは王城にいないのね」
「何かややこしいことになってるが……まぁ、あいつらしいわな」
「本当ね。全くあの子は……」
エステルは人身売買組織壊滅のため、潜入作戦に従事してる……そんな話をレジーナから聞かされた二人。
今は公園のベンチに座って話をしているところだ。
なおレジーナの護衛の男は、話の流れから彼らが王城に訪問するであろう事を察して、報告のため一足先に帰城したようだ。
そして、レジーナから話を聞いた二人だが……騎士を目指して王都に来たばかりの娘が、なぜそんな重大な作戦を任されているのかは分からない。
だが、自分でトラブルの種を蒔くこともあれば、自分からトラブルに突っ込んでも行く……そんな娘であるから、呆れながらも納得はした。
少なくとも……娘が後宮に入った、なんて話よりはよほど理解できる。
「……そもそも、後宮に入った……という話は何なのかしら?」
「私は、エステルさんが騎士を目指していたという話は知りませんでしたから……どういう経緯なのか、分かりません」
初恋を拗らせた国王の策略だったとは、流石に予想もつかないだろう。
「ですが、彼女はちゃんと審査を受けてらっしゃいましたし、その審査で後宮入に相応しい資質があると判断されてると思いますわ」
「……それは本当にエステルなのか?」
人違いなのでは……とジスタルは疑念を口にした。
娘が貴族令嬢として振る舞い、あまつさえボロも出さずに認められるなど信じがたい事だったから。
……実際のところ、他のご令嬢たちには多くの誤解を与えていたのは確かだが。
「まあともかく。まず国王に会う必要があるのは変わらないわ。それに、そんなふざけた組織があるなら……きっちり潰しておかないと」
「(……トラブル気質に関しては、こいつも娘のことは言えんな)レジーナ嬢、悪いが国王陛下に取り次ぎを頼めないだろうか?」
「え、ええ、それはもちろんですが……王城に戻る前に、母の事を聞かせてもらっても良いですか?」
そして、今度は二人がレジーナに話を聞かせる番となった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
エドナと姉のリアーナは、両親とともに王都で暮らしていたが、幼い頃に両親を亡くしてしまう。
頼れる身内もなく、幼い姉妹は途方に暮れた。
当時は救護院もまだ存在せず、エル・ノイア神殿にて運営が開始されるのは、もう少し後のこと。
だから、彼女たちは二人だけで何とか生きて行くしかなかった。
少しばかりの財産を両親は遺してくれたものの、それもすぐに尽きて……二人は日銭を稼ぐために働きに出なくてはならなかった。
「だけど……当時の私は九歳、姉さんは十歳……そんな子供が普通に暮らすのに、十分稼げるような仕事が出来るわけもないわ。日々食べるものにも困ったし、住む場所も……最終的にはスラム街に流れ着いたの。今は随分と綺麗になったみたいだけど……まあ、最悪の環境だったわね」
エドナは特に感情を見せることもなく、淡々と語るだけだ。
だが……それがむしろ、過酷な生活であったことを思わせる。
「後ろ暗いことも随分やったと思う。そうしなければ生きていくことなんてできなかったから。でも、そんな生活が何年か続いたあと……その時は十三歳だったかしら?この人に出会ったのは」
当時の出会いを思い出しているのだろう。
柔らかな微笑みを浮かべて、夫の方を見つめながら彼女は嬉しそうに言った。
「まあ、出会いは最悪だったのだけどね」
続くエドナのその言葉に、ジスタルは苦笑を浮かべる。
そして、語られるのは『剣聖』と『聖女』の出会いと……レジーナ出生の秘密だ。




