偶然の出会い
昼時からしばらく経った王都の目抜き通り。
多くの商店が立ち並び買い物客などで賑わうその場所に、ジスタルとエドナの姿があった。
彼らはひとまず宿を確保し、久し振りの王都を散策しているところだった。
「人が多くて目が回りそう。やっぱり辺境とは違うわね……」
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとう。すぐに慣れるわ。もともと住んでいたところだもの」
エドナは多くの人の気に当てられて少し気分が悪くなっていたが、夫の気遣う言葉に笑顔でそう応えた。
本人が言う通り彼女はエルネの出身であり、ジスタルとともに出ていくまで長年住んでいた場所である。
「それよりも、着いた時は変わってないって思ったけど……少し雰囲気は明るくなったかしら?さっき通ったところなんて、昔はスラムだったのに……すっかり綺麗になって」
「……そう、だな」
エドナの言葉には複雑そうな感情が込められているようだったが、同意するジスタルもそれは同様だった。
そして、気になっている事を聞いてみる。
「……神殿には顔を出さないのか?」
「あそこは……楽しい思い出もたくさんあったけど、それ以上に……」
「……すまん」
悲しげに応える妻の言葉に、気まずそうに謝る夫。
だが彼女は再び笑顔を浮かべて言う。
「ううん、今は幸せなんだし、随分時も経ったのだから……もう折り合いを付けないと。それに、義母さんには会いたいわ。手紙の一つも出さない親不孝者が今更……って気もするけど」
最後の言葉は少し自嘲気味だった。
そして今度は決然とした表情で続ける。
「私は大丈夫。でも、娘には同じ思いをさせるわけにはいかない」
「もちろんだ。だが……俺達の心配は懸念に終わるかもしれないな」
「?……どうして?」
「さっきお前が言っただろう?『街の雰囲気が明るくなった』、と。街が綺麗になっただけじゃなく、道行く人の顔も明るくなったと思わないか?」
周りを見渡しながら彼は言う。
楽しそうにおしゃべりする女の子たち。
仲睦まじげな恋人や夫婦。
はしゃいで走り回る子どもと、それを慌てて追いかける母親……
何気ない日常の光景がそこにはあった。
そしてそれは、自身が騎士団に所属していた頃よりも、どこか開放的で……ジスタルはそう感じていたのだ。
「街や人々の雰囲気ってのはな、政治の良し悪しを映し出す鏡だ。現国王アルド様は最近即位したばかりだが……噂では、それ以前から政治手腕は評価されていたが、こうしてみる限りそれは事実なのかもしれん」
「そうかも知れないわね。でも、政治手腕が優れてるからと言って人格者だとは限らないわ。どちらにしても、何とか面会しないと」
「だな」
クレイの手紙によれば、特別な任務のため後宮に滞在してるとの事だったが……王の意図がはっきりと分からない事には安心できない。
とにかく今は騎士団長の帰還を待つか、その他の手段を考えるか……そんな話をしながら二人は街を歩く。
かつて自分たちが暮らした記憶を懐かしみながら。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
父の屋敷を後にしたレジーナは王都の市街に戻ってきた。
出るときには人目を避けるためフードを目深に被っていたが、監視の存在を自ら明らかにした今は意味がない……と顔を晒していた。
その監視兼護衛の騎士の男も、もはや離れて見守る必要もなく、彼女の少し後に付いて歩いていた。
街の外壁の門を潜り、門前広場の人混みを避けながら王城へと戻る街路を進む。
時おりチラ……と後ろを振り向いて男の存在を確認するが、特に声をかけることはしない。
男の方も、存在は晒してしまったがあくまでも影から見守るのが本来の役目……と、最初に姿を現して以降は、ずっと黙ったままである。
(……何だか落ち着きませんわね。これなら声をかけないほうが良かったかも)
そもそもが声をかける必要などなかったのだ。
だが、敢えて声をかけたのは、自分が気付いていないと思われるのも何だか面白くなかったから……などと言う、子供じみた理由だったりする。
普段は大人びている彼女も、そういうところは年相応と言えるのかもしれない。
そうして、彼女は賑やかな通りを進んでいく。
王城に戻る前に、一度神殿に寄って父から聞いた話を義母にしておくべきか……と考えていたときの事だった。
通りの前方より夫婦らしき男女がこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。
それだけであれば特に彼女が何かを感じることはなかっただろう。
しかし、その男女がレジーナの目前まで近付き、彼女の方に視線を向けたとき……二人同時に驚きの表情を見せて立ち止まった。
「え……?」
なぜそんな反応をされたのか……不思議に思ったレジーナが戸惑いの声を漏らした。
すると、二人のうち女の方が呆然と呟く声が耳に入ってきた。
「姉さん…………?」
その偶然の出会いは、運命だったのか?
そして、女……エドナの言葉はいったい何を意味するのか……?
また一つ……静かに事態は動くのであった。




