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隠された愛情



 王都の郊外。

 市街を囲む外壁の門より、徒歩で小一時間ほどのところにある森の中の屋敷にて。


 外套のフードを目深に被った怪しげな風体の人物が、コンコン……と重厚な玄関扉のノッカーを叩く。

 さほど間を置かずに扉が開き、使用人らしき老人が来訪者を屋敷の中に招き入れた。





 その様子を木陰から別の人物が見つめていたことには、彼……もしくは彼女は気付いていなかっただろう。






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「何をしに来た?」


 屋敷の主である男性が、応接間のソファーにゆったりと腰掛けながら来訪者に問う。

 壮年から老年に差し掛かろうか……という年齢に見えるが、その容貌以上に老け込んだ印象を受ける。

 彼の表情からは何の感情も読み取れなかったが、その言葉は咎めるような響きに感じられた。


 来訪者……レジーナは、そんな言葉に怯むこともなく答える。


「娘が父親に会いに来るのに、理由なんて必要でして?」


「……もう、私のところには来ないように言っただろう」


 今度は僅かに感情の揺らぎが見られた。

 しかし、それがどのようなものなのか……相対するレジーナにも分からない。

 いずれにせよ、父娘の対面にしては……緊張の糸が張り詰めたような空気感であった。


 ……そう、屋敷の主はレジーナの父親だ。

 前王バルド、その人である。



「私がどう行動するのかは、私が決めることですわ。私たちは籠の鳥ではない……陛下も、そう仰ってました」


「陛下……アルドか。私と違って、聡明で公正で……正に王の器として相応しいのだろうな」


 自嘲めいたその言葉ほどには、自身を卑下するような感情は見られない。

 いや、もしかしたら……彼は、感情そのものが起伏に乏しいだけなのかもしれない。



「それで……お前はここに、何をしに来たんだ?」


 彼は、改めて同じ問いを娘に投げかける。

 しかしそれは、最初のものと異なり、単純に彼女の用向きを問うもののようであった。



「かつての『事件』の話を聞きに」


 神殿でアルドから事件の話を聞いた彼女は、かつての事件のように自分の父が関与してるのではないか……そう思って屋敷を訪ねてきたのだった。


「……今、それを知ってどうする。そもそもお前は、おおよそのことは知っているのだろう?」


「では、聞き方を変えますわ。かつての『事件』と関わりがあると思われる大きな事件が、いま王都で起きています。何かご存知ではないですか?」



 そして彼女は、現在王都で起きている組織的な少女誘拐事件のあらましと、その組織の本拠がエル・ノイア神殿に隠されているらしい事を説明した。

 それらが、かつての事件との関連性を疑わせる事も。



「知らぬ。今の私には、そんな大それたことなど出来ぬ。知っているだろう?」


 ちらり……と、応接間の片隅に控えた老人を見やりながら、彼は答えた。

 その老人こそ、彼の世話役……兼、監視人だ。

 バルドが不穏な動きを見せれば、即座に王城へと報告が上がる事になっている。


 逆に言えば、そういう動きを見せなければ逐一報告が行くこともない。

 珍しく、彼の娘が屋敷を訪ねてきたのだとしても。



 父の言葉を聞いた娘は、どこか安堵した様子を見せる。

 そして、別の問いを発した。


「では、元大神官ミゲルは?」


「ミゲルか。そうだな……」


 そこでバルドは暫し瞑目する。

 当時のことを思い出しているのだろう。


「奴は私と同様に大神官の座を追われ、神殿内で裁きを受けたと聞く。最終的にはエルネア王国から追放され……その後の話は聞いておらぬな。だが……」


 そこで彼はいったん間を置いて、腕を組みレジーナを見つめながら続ける。


「奴は神職にありながら私腹を肥やすような愚物だ。……まぁ、私が言える立場ではないが。その様な者が自らを省みて心を入れ替えるかと言われれば……そうとは思えぬな。今回の事件とやらの黒幕だったとしても、驚くことではない」


 バルドはその様に告げたあと視線を彷徨わせ、そして何かを思い出したかのように更に続けた。


「……『聖女』を探しているらしい、との事だったな。そう言えばかつての事件のときも……私に献上された聖女とは別に、行方がわからなくなった者が何人かいたらしい」


「え!?」


「当然、『事件』に関わっていたミゲルに疑いの目が向いたわけだが、奴は関与を否定し……結局は決定的な証拠もなく、有耶無耶になっている」


 初めてその話を聞いたレジーナは、(おとがい)に手を当てて思案する。


 もし、その時行方不明になった聖女が、今回の事件と同じ理由で攫われたのだとしたら………


「そもそも、なぜ聖女を探して攫っているのかしら……?」


「……お前は、『聖女』が我がエルネア王国でしか生まれない事を知っているか?」


 娘の自問するような呟きに、父はそんな事を問いかけた。


「え……そうなのですか?」


「ああ。聖女の『癒やしの奇跡』は、女神エル・ノイアの力。かの女神の祝福の地であるエルネア王国に生まれた者にしか授けられない……と言われている」


「では、聖女が攫われる理由は……」


 バルドの話が事実ならば、聡明なレジーナであれば直ぐに事件との繋がりが読めた。

 すなわち、他国が聖女を欲しているのだと。


「少女誘拐、人身売買というのは……真の目的を隠すためのものでもあるという事なのね……」


 そのようにレジーナは結論付けた。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 レジーナが父親のもとを訪ねた理由は、バルドが最近の事件に関わっているのではないか……と、心配したためだった。

 それが杞憂に終わった事に彼女は安堵したが、思いがけず重要な話を聞き、これからどうしようかと考える。


 ひとまず屋敷を辞して王城に戻ろうと思ったが、その前にまだ父に聞きたいことがあった。


「父様は……今のままで良いのですか?」


「……どういう意味だ?」


 突然の脈絡のない娘の問いに、父は少し間をおいてから聞き返す。

 やはり感情は読み取れないが、戸惑っているのかもしれない。


「『色欲に溺れた暗愚な王』……そんな汚名を着せられたままで」


「汚名もなにも、それは事実だろう」


 今更何を……といった風にバルドは答える。

 彼が言う通り、かつての事件で彼が取った行動からすれば、事実であると言う他はないだろう。


 だが、レジーナは納得がいかない様子で言い募る。


「ですが!!父様は……!!」


「レジーナよ、その時の私の心の内がどうであったかなど関係のないことだ。多くの人々を不幸にした咎は私にある。愚かな王の愚かな行い……それは紛れもない事実だ。こうして静かに余生を過ごせているだけでも望外なこと」


「…………」


 そう言われれば彼女も押し黙る他はない。

 当の本人が納得して受け入れているのだから。


 そして、そこで初めて父は少しだけ柔らかな表情を見せて、娘に別れを告げる。


「さあ、もう行きなさい。お前が言った通り、お前の人生はお前のもの。私などに囚われる必要はない」


「もう一つだけ……父様は、剣聖ジスタルの事は……」


「……彼には感謝している。欲望にとらわれ、暴走した私を止めてくれた。彼こそが騎士の中の騎士だ」


 その言葉はやはり無表情で語られたものの、彼の本心からのものであるようにレジーナは感じられた。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 一人残された応接室の窓際で、娘が帰路につくのを見守りながらバルドは呟きを漏らす。


「レジーナ……お前が生まれてきてくれた、ただそれだけで私の人生には意味があった。例え愚か者と言われようとも……。私にとって、お前は女神様が授けてくれた奇跡の子なのだ」


 そう言う彼の顔には、娘にはついぞ見せなかった慈しみの表情が浮かんでいた……


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