事件の背景
かつての事件について、アルドとエステルの念話が続く。
先程まで落ち着き無……元気だったエステルが、急に黙り込んでしまったので、周りの女性たちから心配する視線が向けられているが、会話に集中している彼女は気が付いていなかった。
(エル・ノイア神殿はエルネア王国にありながら、王の権力も及ばぬほどの力を持っている。言ってみれば……国の中にもう一つの国があるようなものだ)
アルドはエステルに、神殿と王国の関係を説明する。
女神エル・ノイアが王に祝福を与えたという歴史的な経緯から、王が威光を示すための後ろ盾となっていること。
王国も女神信仰を国民に奨励し、様々な権利を認めたり優遇措置を取ってること。
つまり、相互に支え合う対等な関係である、と。
(へぇ〜、そうなんですね〜)
アルドの説明にエステルは相槌を打ちながら答えるが、あまり興味が無いので多分すぐに忘れることだろう。
(そういう背景もあってな、いかに王であるバルドであっても、欲望のため聖女を好き勝手にすることなど出来ない……はずだった)
(でも……そうじゃなかった?)
(ああ。確かに神殿には、おいそれと手出しは出来るものではない。しかし、神殿側の権力者が協力すれば話は別だ)
(そんな……まさか、女神様の神殿に悪者がいたんですか!?)
エステルは敬虔な信者……というほど信心深いと言うわけではない。
しかし、母や自身の癒しの奇跡の力は女神からの授かりものと教えられてきた事から、女神エル・ノイアに対しては敬愛の念を抱いている。
故に、女神を信奉する神殿の関係者に、女性を蔑ろにするような者がいた事に怒りを覚えた。
(その神殿の権力者……当時の大神官ミゲルもまた、欲に溺れた俗物だったのだ)
吐き捨てるようにアルドは言う。
大神官と言えば神殿の最高権力者だ。
そんな人物が悪事に加担していたという事実に、流石のエステルも絶句する。
(神殿がどうやって聖女を集めているか……君は知っているか?)
(……いえ、知らないです)
話題が変わったことでエステルはいったん怒りを沈めて答える。
(君がそうだったように、親から力を受け継ぐというケースもあるようだが……多くの場合はそうではない)
(へぇ……そうなんですね)
(一つは……何らかの怪我を負って、たまたま癒しの奇跡が発動したことで発覚したケースだな。こういった者たちは、家族や本人が神殿に申し出て聖女として所属する事が多い)
神殿には所属していないが、エステルが聖女であることが分かった経緯としても、これが当てはまる。
彼女が幼い頃に自分の怪我を自分で治したことから判明したのだ。
彼女自身はあまり記憶に残っていないのだが、母エドナからそのように聞いていた。
(もう一つは……神殿が運営する救護院で引き取った、身寄りのない子供が聖女であった場合だ。これは秘匿情報らしいのだが、どうやら神殿には聖女の資質を見極める何らかの手段があるらしい)
それは現大神官であるミラとの面会でも確認したことだ。
神殿の権威と神秘性を保つために秘匿されている、と。
そして、そこまで聞けば……もともと地頭は悪くないエステルは、話の流れが分かってしまった。
(……もともと身寄りがない人なら、王に差し出しても声を上げる人がいない?)
(そうだ)
エステルは再び怒りがふつふつと込み上げてくるのを感じた。
(落ち着くんだ、エステル。もうそいつらは報いを受けている。それが被害者にとって十分なものだったのかは何とも言えないが……少なくとも、法に則って裁かれている)
無言でも怒りの感情を感じ取ったアルドは、そのようにエステルを宥める。
(はい、大丈夫です。続きをお願いします)
(……分かった。とにかく、当時の大神官ミゲルは金品などの様々な見返りと引き換えにバルドに協力した。そしてバルドは、欲望のおもむくままに、聖女すらも後宮へと集めたのだ。そして……ついにはエドナも目をつけられる事になる)
(!!)
いよいよ話は核心へと迫り、エステルは息を呑んだ。
(バルド、ミゲル、エドナ……事件に関わった重要人物たち。そして、最後の重要人物こそ、君の父親である、『剣聖』ジスタルだ)
(お父さんが……?)
ついに、エステルの両親の過去が明かされる。
果たして、二人がどのように事件に関わっていたのか?
そして何故、彼らは王都を出て辺境の地で暮らすことになったのか……?
エステルは固唾をのんで、アルドの話の続きを聞くのであった。




