色欲の王
(君の母……エドナがエル・ノイア神殿の聖女だったことは知ってるのだろう?)
かつての事件の話について……アルドはまず、その話から切り出した。
(あ、はい。それは知ってます。……お母さんから直接聞いたわけじゃないですけど)
エドナは娘に昔のこと……特に王都に住んでいたときのことをあまり話したがらない。
なので、彼女は自分が神殿に所属する聖女であったことも、娘に直接教えてはいない。
エステルがそれを知ったのは、シモン村の長老がポロッとこぼしたのを聞いたからだ。
(そうか……。まず一つ言えるのは、かつての『事件』の中心には彼女……『赤の聖女エドナ』の存在があった)
(……そう言えば、何で『赤の聖女』なんですか?お母さん、ぜんぜん赤くないですよ?アイツらも何か勘違いしていたみたいですけど……)
エステルは鮮やかな赤い髪をしているが、それは父ジスタルから受け継いだもの。
エドナは金髪碧眼だ。
だから、エステルは母がなぜ『赤の聖女』などと呼ばれているのかが不思議であった。
(そうなのか……?俺もてっきり……君と同じ赤髪なのだと思ったが)
(私の赤髪は、どちらかと言えばお父さん譲りですね。お母さんは金髪です)
(ふむ、確かに気になるが……まぁ、今はそれは置いておこう。とにかく、君の母親は『事件』に深く関わっていた人物の一人だった……ということだ)
エドナの二つ名の由来は気になったものの、とりあえずは今の話に関係ないと思い、アルドはそのように続けた。
(……でも、その事件は解決したんですよね?それが……今回の誘拐事件と何の関係があるんです?)
(それは、今から順を追って説明しよう。エドナが事件の中心人物の一人と言うのは今言った通りだが、他にも何人か重要人物がいる。その一人が……先代の国王であるバルド、俺の伯父だ)
(先代の国王……へ〜かの伯父さん?)
(そうだ。知ってるか?)
(いえ、知らないです!)
きっぱり。
それで良いのか国民よ。
しかしアルドは苦笑しつつも、それも仕方ないというふうに続ける。
(まぁ、最近になって俺が正式に王になるまでは、長らく空位だったから……君が知らないのも無理はないな)
いや、そもそも彼女は現国王の名前も知らなかったのだが。
流石のアルドもそれを聞いたら凹んだかもしれないが、その事実を告げるものがいなかったのは幸いだろう。
(え!?ずっと王様がいなかったんですか!?)
(もちろん国政が滞ることのないように代行者が立てられたわけだが……まぁ、それは事件後の話だ。色々複雑な事情があったとだけ言っておこう。……ともかく、伯父は『事件』の最重要人物……はっきり言ってしまえば、首謀者ということだ)
(!!)
今回の誘拐事件との関わりが想起されるという、かつての事件。
その首謀者が先代の国王であると告げられ、流石のエステルも事の重大さに絶句する。
そしてアルドは事件の概要を、その発端から語り始めた。
先代国王バルドは、大きな功績と呼べるものは無かったが、目立った失政というのも特に無く……言ってしまえば、凡庸な王であった。
しかし、それは政治的な能力という点であり、人間としては看過できない大きな欠点を抱えていた。
それが……
(バルドは異常なくらい女好きで、多くの女性を後宮に住まわせ色欲に溺れていたという)
(えっと…………すっごくエッチだったって事ですか)
(ま、まあ、そういう事だ)
言い方はアレだが、まあそういう事だ。
(……中には無理やり後宮入りさせられた女性もいてな。貴族は言うに及ばず、見目が良い娘となれば身分も関係なしに手を出していたと言われている)
そこまで聞けば、エステルにも話の流れが読めた。
つまり。
(お母さんも……その王様に目を付けられたって事ですか?)
(……より正確に言えば、バルドはついに手を出してはいけないところまで手を出そうとした。つまり、神殿の聖女に……エドナはその中の一人だったということだ)
エルネア王国は当然ながら君主制国家であり、国王の権力は絶大である。
だが、例え王と言えど、人一人を好き勝手に扱う事など本来は許されない。
だから、バルドが無理やり女性を後宮入りさせていた事は問題視されていた。
しかし、王が強権を持つことに違いはなく、王の側近たちは閑職に飛ばされる事を恐れて諫言する者は僅かばかりだった。
そうやって好き勝手に女性を侍らせて肉欲に溺れていた先王だったのだが……その欲望はとどまることがなかった。
女神エル・ノイアに祝福された神秘の乙女たち。
聖女は癒やしの奇跡の力を有するのみならず、その美貌も類まれなるものだった。
バルドはそんな彼女たちをも、自らの欲望を満たすための相手として目を付けたのだ。
しかし……エル・ノイア神殿は、国家権力とは切り離された独自の力を持っている。
故に、いかな王の強権と言え聖女を好き勝手に自分のものにすることなど出来ない。
……そのはずだった。




