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蠢動/事件


 王都内、某所。

 とある屋敷の一室。

 昼日中だというのにカーテンを締め切った部屋は薄暗く、燭台の灯りが二人の人影を壁に映し出していた。


 年配の男が一人ソファに腰掛け、そこから少し離れたところにもう一人の若い男が立っている。

 部屋の主に対して、何らかの報告を行っているようだ。





「……首尾はどうだ?」


 まるで誰かに聞かれるのを恐れるかのように抑えられた低い声で、その問いは発せられた。



「はい。商品の仕入れ(・・・・・・)も終わり、あとはオークションの開催準備を進めているところです」


 主人らしき人物の問に、部下らしき人物が答えた。

 主人は鷹揚に頷いてから、さらに問いかける。


「うむ。それで……騎士団には気取られておるまいな?あの小僧……青二才とて油断ならぬぞ」


「それは……問題ない、はず……です」


 先程とは異なり、部下の答えは歯切れが悪い。


「何だ?何か気になることでもあるのか?」


 当然、主人はそんな部下の様子を見過ごすことなどできず、その理由を問いただす。

 部下は、自分でも確証が持てない様子ながらも、その懸念を口にする。


「それが……王が神殿に赴き、大神官と面会したらしいのです」


「なんだと?……面会の理由は?」


「『かつての事件』について……とのことです」


「…………」


 部下の言葉に主人は瞑目し、おとがいに手を当てて考え込み始めた。



 しばらくは黙って主人の次の言葉を待っていた部下だったが、沈黙に耐えかねたのか……恐る恐る声をかける。


「……オークションは中止しましょうか?」


「そう……だな」


 思案に暮れていた主人は、その途中で声をかけられても特に気分を害することもなく……しかし、まだ思考の海から戻りきれていないのか、どこか上の空と言った様子で中止を決断しようとした。


 しかし。

 そう言えば……といった感じで、主人は別の問いかけをする。


商品(・・)の中に、アレはいたのか?」


「あ、そうでした。実はそのご報告もありました」


「ほう?ということは……」


「はい。一人だけ……聖女がいました。それも、かなりの力を持った」


「ふむ……」



 部下の答えを聞いた主人は、再び考え込む。

 今度は目まぐるしく視線を彷徨わせながら。


 彼の頭の中でどのような考えが巡っているのか。

 部下は、辛抱強く主人の次の言葉を待つ。

 彼の経験からすれば、次は叱責されることが分かっているので、もう自分から声をかけることはしなかった。



 そして、どれほどの間そうしていたのか。

 主人はようやくそれを口にする。


「オークションは予定通り開催する。準備を進めておけ」


「……よろしいのですか?かなりリスクが高そうですが……」


 意外とも言える主人の答えに、部下は思わずそんな疑念を挟んでしまった。

 かれは『しまった……』と内心で後悔したものだが、主人はむしろ笑みすら浮かべて更に言う。


「確かにもう潮時ではあるな。だから、今回が最後だ。その代わり……あの青二才に、一泡吹かせてやろうではないか」


 主人の言葉に部下は怪訝そうな表情をみせるが……その言葉の意味を知ったとき、彼は青ざめて震え上がる事になる。






 そんなふうに……

 アルドやエステルたちが人身売買組織の壊滅に向けて動く一方で、事件の黒幕たちも水面下で怪しげな動きを取ろうとしているのだった。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「う〜……ひま〜……」


 エステルは、暇を持て余していた。


 今回の作戦において、オークションの開催日まで数日はかかる見込みであることは事前に説明されており、エステルもそれを了承している。

 だがそうは言っても、何もすることがないと言うのは彼女にとって苦痛でしかない。

 ……まだ一日しか経っていないのだが。


 走り込みをしたり筋トレしたり、他の少女たちとお喋りしたり……していたのだが、時間を潰すのにも既に限界の様子。

 やはり彼女は、長期に及ぶかもしれない潜入捜査には向いていないのだろう。



「う〜……なんかもう、手っ取り早く黒幕が出てきてくれないかなぁ……」


 早々にそんな展開になるのであれば、騎士団もそこまで苦労しなかっただろう。

 これまで尻尾すら掴めないくらい相手が慎重であるが故の、今回の作戦である。



(どうしよっかな〜……へ〜かとお話したいけど、なんか色々動いてるみたいだからあんまり邪魔するのも悪いしな〜……)


 物怖じとか遠慮などという言葉とは無縁そうな彼女だが、意外にもそんな気遣いを見せる。

 相手がクレイだったら全く遠慮なんてしないだろうが……



 と。

 エステルの想いが通じた……訳ではないだろうが、彼女にとっては絶好のタイミングで『念話』が入る。



(エステル……いま、話をしても大丈夫か?)


(あ!へ〜か!!大丈夫です!ものすごく暇だったから……ちょうど、へ〜かとお話したいな〜って思ってました!)


(そ、そうか……)


 エステルのその言葉を聞いてニヤけそうになるのを無理やり抑えこむ。


(それで、何のお話ですか?)


(……君が聞きたがっていた話をしておこうかと思ってな。約束しただろう?)


(……お母さんの話ですか?でも……)


 仮面の男に連れられて、幹部らしき男たちの前で聖女の力を見せた時……確かにそんな約束をした。

 エステルの母エドナと、かつての事件の事について聞かせてくれる、と。


 だが、その時は勢い込んで約束したものの、エステルはアルドが話をしたくなさそうにしているのも察していた。

 だから、少し遠慮がちに返事をする。

 しかし、やはり母のことは知りたいので、そのまま話を聞くことにした。



(俺も当時はまだ幼かったから、これは人づてに聞いた話だ。あとは事件について僅かに残された資料から読み取ったもの。……積極的に話をしたがる者は少ないから、事件の真相を知る人間は多くはないな。俺も、身内の恥を晒すことになるから……)


 アルドは、そう前置きをする。

 彼が話をしにくそうにしていた理由は、『身内の恥』と言う点にあるのだろう。

 さらに彼は続ける。


(それに、君の父や母が君に話さなかったのも……たぶん、自分たち自身が思い出したく無いからだろう。子にわざわざ聞かせる類の話でもないしな)


(………)


(だが。事ここに至っては、君も無関係とは言えなくなった。……巻き込んでしまって申し訳ないと思うが)


(いえ、むしろ良かったと思います。その事件が何だったのかは知りませんが、こうして今も続いてるのなら……私がズバッと解決してみせます!!)



 エステルの力強い宣言に、アルドは思わず顔を綻ばせた。

 きっと、そうなる。

 いや、自身と彼女と力を合わせて、絶対にそうして見せる……そんなふうに思いを新たにした。



 そして、アルドはかつての事件のあらましと、その結末を語り始めた。


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