レジーナ
「……どうだ?」
神殿から帰城したアルドは、執務室にてフレイに問いかける。
「シロ……だと思います」
「そうか。お前がそう判断するなら間違いないだろう」
何の話をしているかと言えば、先程までアルドと面会していた神殿の者たちに怪しい点は無かったか……という事である。
実は、アルドは神殿に赴く際に魔道具を持ち込んでいた。
それはエステルと念話をするためのペンダントとは別のもので、会話を録音するというものだ。
そして、今しがたフレイにその内容を聞かせた上での先の質問である。
フレイはある特殊な能力を持っている。
それは、会話の中に嘘が含まれているかどうかを見抜くものだ。
意識して会話に集中する必要があるが、僅かな感情の揺れなどから生じる声音の違いを読み取っている……とはフレイの弁である。
そしてアルドは、それがほぼ百パーセントの精度である事を知っている。
フレイが若くして宰相の地位まで上りつめたのは、アルドからの信頼が厚いということもあるが、その能力も理由の一つだった。
「ですが」
「ん?」
「レジーナ嬢は何か隠しているかもしれません」
「なに?どういうことだ?」
続けてフレイが告げた言葉に、アルドは怪訝そうな表情で聞き返した。
彼らはエステルの報告を聞いて、かつて起きた事件との関連性を疑った事から、それを知るであろう神殿の関係者との接触を図った。
もし黒幕に神殿の関係者がいて、アルドとの面会に現れたのなら、揺さぶりをかけることで尻尾を表すかもしれない。
そうでなければ捜査のために神殿関係者の協力を得ることができる。
そのような目論見の中、レジーナがその場に登場してきたのは全くの予想外のことではあったのだが……
「何を隠しているのかまでは分かりません。少なくとも彼女の言葉には嘘は含まれていなかったとは思いますが……」
会話の端々に、何らかの『後ろめたさ』のようなものを感じたのだとフレイは言う。
「うむ……念のため、彼女にも監視の目を付けておくか。もう後宮に戻ってきているはずだ」
「御意」
アルドの言葉を受けて、フレイは早速それを手配するために執務室を出ていった。
「……レジーナ様、どうされました?何だかお加減が優れないようですけど……」
「え?……いえ、私は大丈夫よ。心配してくれてありがとう、ミレミレ」
「……もう、レジーナ様までその名で呼ぶなんて」
そう苦言を呈するものの、ミレミレことミレイユ・ミレーは、もうその名で呼ばれることを諦めている様子。
「ふふふ……でも、本当は気に入ってるんでしょう?エステルさんからそう呼ばれる時、何だかんだで嬉しそうだもの」
「そ、そんな事は!……でも、あの娘どこ行っちゃったのかしら。昨日から姿が見えないんですよね……」
エステルが潜入作戦のため後宮からいなくなったのは、まだ昨日のことなのだが……ミレミレは少し彼女が見当たらないだけでも心配になってるらしい。
全くもってツンデレの鑑である。
「大丈夫ですわよ、あの方は……たくましいですから」
「……女の子に『たくましい』というのはどうかと思いますが。でも、まあ、そうですよね」
仮にも後宮に住まう美姫に対して言う言葉ではないと思いつつも、あの能天気で適当で元気いっぱいな彼女の事を思い浮かべると、しっくりくるのも確かだった。
「陛下も何だかお忙しいみたいだし、私も外に出かけようかしら……」
「あら、良いじゃないですか?せっかく陛下も許可されてるのですから。私達が籠の中の鳥でいる必要はありませんわよ。……出来ることなら、私も自由に羽ばたきたいものです」
そのレジーナの言葉には、何か含みをもたせるような声音をしていたが……ミレミレがそれに気がつくことは無かった。




