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王都の初日


 エステルがデニスより騎士の誘いを受けてからおよそ一ヶ月後。

 彼女は幼馴染のクレイと共に王都にやって来た。


 エルネア王国の辺境の地であるニーデル領から王都エルネまでは、通常であれば乗合馬車で数週間の道のりだ。


 しかし二人はその長い道のりを僅か5日で駆け抜けてしまった。

 エステルやジスタルのみならず、クレイもまた人間離れした力を持っているようだ。

 ……いや、彼らだけでなく、シモン村の村人の多くはそうであるのだが。
















「ふわぁ……人が凄いたくさんいるよ~。お祭りかな?」


「いや、これが普通なんじゃないか?ウィフニデアよりも何倍も大きな街だってんだから」


 二人が今いるのは、王都の外周を囲む外壁に幾つかある門の一つ、その門前広場だ。

 外壁の外側にも民家が立ち並び、徒歩で門を潜るものも多いので、ウィフニデアと違って二人を訝る者はいない。

 門は大きく開け放たれ、往来は自由だ。



 夕暮れ時の広場には多くの人が行き交う。

 エステルはウィフニデアでさえ人が多いと感じていたが、王都のそれは比較にはならない。

 あちこちに露天商が店を構え、広場から続く街路にも大小様々な店が立ち並んで、買い物客でごった返していた。


 その光景はシモン村から殆ど外に出ることがなかった若者二人にとっては未知の世界だった。




「今日はもうすぐ日が落ちる。騎士団に行くのは明日にして、取り敢えず宿を確保するか……」


「任せた!!」


 これまでの道中でも、宿の確保はクレイが行っていた。

 エステルは遠慮なく丸投げの構えである。


(本当にコイツは……師匠やエドナさんが心配する気持ちも分かるなぁ)


 クレイは苦笑しながら内心で独りごちる。

 彼も都会の常識など持ち合わせてはいないのだが、エステルよりはマシだろうと彼は自負している。

 しかし。



(でも、何だかんだ何とかしてしまう気もするけど。逞しいからな)


 ポジティブ思考に突き抜けたエステルならば、何でも自力で何とかしまいそう……とも思うのだった。






















「部屋が空いてない?ここもか……」


「申し訳ありません、二人部屋なら空いてるのですが……」


 これで5件目である。

 道中の宿場では空きがないということは無かったのだが……



「つい最近まで新国王陛下の戴冠を祝う祭りが行われていたんです。ピークはもう過ぎてるのですが、観光で残っている人も多く、王都の宿はどこもいっぱいだと聞いてます」


 宿の女将がそのように理由を説明してくれた。



「ほら!やっぱりお祭りだったんだよ!」


「……みたいだな。しかし、どうしたものか……」


「別に二人部屋で良いんじゃない?」


 エステルはあっけらかんと言い放つが、クレイは額に手を当てて天を仰ぎ溜め息をつく。



「はぁ~……そういうわけにいくか」


「何で?私は気にしないよ?」


 幼馴染相手と言えど、男に対してまるで警戒心がないエステル。

 そういうところを両親は心配しているのだ。


「気にしろ。いいか、夫婦でも恋人でもない男女が寝食を共にするのは非常識な事だぞ」


 諭すようにクレイは言う。

 彼とて兄妹のように思ってる彼女と間違いを起こす気など毛頭ないが、それとこれとは別問題だ。



「じゃあ、野宿する?」


 とことん女子力が無い発言に、クレイは頭を抱えそうになる。


「いくら王都が比較的治安が良いとは言え、それは無いだろう。まぁ、俺とお前ならゴロツキ程度はどうにでもなるが、無用なトラブルは避けないと。それに、春先でも夜は冷え込む」


「ふぁ~……クレイは色々知ってるんだねぇ……」


「……師匠とエドナさんに色々聞いただろうが」


 世間知らずなのは、クレイもエステルと大差ない。

 だから二人は事前に道中や王都での注意事項についてのレクチャーを受けていたのだが……どうやらエステルは殆ど聞き流していたようだ。



「ん~……クレイが聞いてるからいいや~、って」


「はぁ~……」


 盛大に溜め息をつく。

 これ迄の道中も大変であったに違いない。

 彼の苦労が偲ばれる……



「とにかくもう少し他も当たってみて、それでも部屋がなければ……仕方ない、二人部屋を取ろう」


「え~……面倒くさいから、もうここで良いじゃない」


「行くぞ!!」


 エステルの言葉は無視してクレイは出ていく。


 ……本当に苦労人である。



























「ほら、結局ここになったじゃない」


「苦渋の決断だ。師匠になんて言えばいいんだ……って、おいこら!!着替えるならカーテンで仕切れ!!」


「んぇ?別に見慣れてるでしょ?」


「バカ、いつの話をしてるんだ。少しは恥じらいを持てっての」



 あの後、更に数件の宿をまわったのだが……状況はどこも同じだった。

 底辺の木賃宿ならば空きはあったかもしれないが、治安の点で最初から除外している。 


 結局、二人部屋が空いているという宿に戻ってきて部屋を確保したのだった。



「騎士登用試験はもう少し先だ。暫くは宿暮しになるが……一人部屋が空いたら移動するぞ」


「面倒くさい……」


「まったく……とにかく、今日はもう休んで、明日の朝イチで騎士団詰め所に行って手続きだな」


「は~い」





 こうして、二人の王都での初日は終わりを迎える。


 エステルは何の心配もなさそうにニコニコしているが……それを横目で見ながら、「先が思いやられるな……」とクレイは今日何度目かの溜め息をつくのだった。




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