捜査協力
「「「……………」」」
アルドが事の経緯を説明したあと、その場には暫く沈黙が降りる。
最初にそれを破ったのは、ミラであった。
「神殿に所属していない聖女を集めようとしている……?」
「そう……思います」
彼女の呟きをアルドは肯定する。
エステルが連れて行かれた先で行われたことと、幹部らしき人物たちの言動からすれば……そう結論するのは当然のことだった。
「奴らの会話からすれば、聖女かどうかを何らかの手段で判別する仕組みがあるように思える……何かご存知ないですか?」
疑問の形を取っているが、彼は神殿のトップであるミラであれば、何か知っているはずだと確信している。
問われたミラは目を閉じて暫く考える素振りを見せたが、意を決したように口を開く。
「……確かに、神殿には聖女の資質を見定めるための道具があります」
「ミラ様!!それは……!」
モーゼスが慌てるが少し遅かったようだ。
彼の反応を見る限り、おいそれと外部に洩らすようなものではない事は明白だ。
たとえそれが王相手だろうと。
「陛下は確信しているようですし、隠す意味はないでしょう」
それが秘されている大きな理由としては、まさに今回の事件のように悪用される事が懸念されること。
そして、エル・ノイア教の教義においては、癒しの奇跡は女神の加護の賜物とされているため、神秘性を保つためにも聖女はある程度は希少な存在であるのが望ましい……と言うのも理由の一つである。
そのようなことをミラは説明したが、やはりモーゼスは複雑そうな表情だ。
「不逞の輩が聖女を欲してるとなれば、かつての事件が関わっている可能性は非常に高い。彼らがエドナの名を口にしたのならなおのこと。だからこそ我々に話を聞きに来られたのですね」
「その通りです」
ここに至り、王国と神殿の認識は一致することとなった。
となれば話はこの後どうするのか……という点に議論が移る。
「神殿の地下施設に関して、何かご存知ではないですか?」
アルドは今回の訪問の目的、その核心に迫る問いかけを発した。
だが、ミラは首を横に振る。
「残念ながら……そのような場所があることは知りませんでした。私は今でこそ大神官の地位にありますが……あの事件の後のゴタゴタで、成り行きそうなったに過ぎません。故に、先代から引き継いでいないことも多々あるのかもしれませんね」
「ならば……それを知る可能性のある古参の者で、怪しい人物はおりませんか?」
「そうですね……怪しいかどうかは何とも言えませんが、先代の大神官に近しかった人物なら何人か。ですが、その捜査をそちらにお願いするわけには参りません。当然こちらとしても放置などできませんから、神殿の事は我々が責任を持って調査します」
神殿は王国にありながらも、王であってもおいそれと介入できないほどの自治権を持つ。
神殿内の出来事に、王国の捜査の手を入れることはできないのである。
「しかし……」
アルドもそれは理解しているが納得できるはずもなく、なおも言い募ろうとする。
しかし、当然アルドが引き下がらないであろうことを予想していたミラは、彼に皆まで言わせずさらに続ける。
「ですが、そのようなことは我々も不慣れですので……王国から優れた人材を派遣していただき、捜査に協力をお願いしたいです。例えば……そちらの近衛騎士様、とか?」
「!……ディセフ」
ミラがお互いのメンツを保ちつつ最適な落とし所を提案してきてくれた事を理解し、アルドは即座に判断する。
「はっ!お任せください!神殿に協力し、必ずや黒幕を突き止めてみせます!」
「頼んだぞ。出来れば、奴らが次に動く前にケリがつけられると良いのだが」
次に大きな動きがあるとすれば、それは闇オークションの開催日だろう。
事前の情報によると、近日中には……との事だが、それはあくまでも噂レベルのものだ。
エステルからの情報も頼りに、慎重に動向を探る必要があるだろう。
様々な思惑が絡み合い、事態は少しずつ動き始める。
果たして、エステルの運命はいかに……!
「う〜……ヒマだなぁ。ミラさん……だっけ?もうお話は大丈夫なのかな……」
アルドたちが神殿で今後の捜査に関する詳細を詰め始めた頃。
エステルは退屈していた。
まだ囚われてから一日と経っていないが、活動的な彼女にとって何もしないでじっとしているのは苦痛以外の何物でもないだろう。
「ただでさえ最近はなかなか稽古出来ないのに、ますます鈍っちゃうよ。……でも、ここ広いから走り込みくらいは出来るかな?」
周囲を見回しながら彼女はそんな事を言う。
そして徐ろに立ち上がると、軽くランニングを始めた。
周りにいた少女たちは、当然ながら彼女の突然の行動に唖然とした表情を見せる。
しかし。
エステルが少しずつスピードを上げながら、ただ走るだけでなく、ジグザグにステップを踏んだり、宙返りや側転、挙げ句は大きく跳び上がって天井を蹴ったり……
アクロバティックな動きを見せると、少女たちは拍手て歓声を上げる。
そんなふうにして、エステルの単なる暇つぶしの行動が少女たちを大いに楽しませる事になった。




