神殿での面会
アルドが神殿関係者との面会の調整指示を出してから僅か数刻後。
彼はその日の午後には神殿にある貴人のための応接室にて神殿側の責任者を待っていた。
これほどに早く調整がついたのは、フレイが有能と言うこともあるが、件の『事件』が神殿にとって重大な案件である事を示しているのだろう。
「さて……果たして、鬼が出るか蛇が出るか」
「もう少し泳がせなくて良かったんですか?」
アルドが漏らした呟きに、お供としてついてきたディセフが反応する。
神殿とコンタクトを取るのは、まだ時期尚早だったのでは……と言ってるのだ。
「慎重に行きたいというお前の考えも分かるがな。ここらで攻勢に出て揺さぶりをかけたい」
「……そうですね。確かに消極策ばかりではこれまでと変わらないかもしれません。とにかく……これからここに来るヤツがシロなのかクロなのか……見極めたいところですが」
「ああ」
と、そこで二人は部屋の外に人の気配を感じて会話をやめる。
そして、直ぐに扉がノックされ部屋の中に何人か入ってくるが……
そのうちの一人を見てアルドは驚く。
表面にこそ出さないものの、全く予想もしていなかったその人物の登場は、彼に大きな衝撃をもたらしたのである。
「お待たせして申し訳ありません、アルド陛下。お久しぶりでございます」
まず挨拶をしたのは、一番の年長者と思しき女性。
年齢にして五~六十くらいだろうか。
その身なりや雰囲気からして、かなりの地位であることが覗える。
「これはこれは……まさかミラ大神官猊下、御自らいらっしゃるとは」
と、アルドは大神官と握手をしながら挨拶を交わす。
今朝方打診して、まさか神殿のトップがやってくるとは思わなかったのだ。
しかし、確かにそれも驚くべきことだったが、アルドが一番驚いているのはそれに対してではない。
「ふふ……それはお互い様でしょう?」
「それはまあ……そうですね。それで……」
そこでアルドは彼女の横にいる二人の人物に目を向けた。
一人は三十代半ばくらいの男性。
「国王陛下にお会いできて光栄にございます。私は大神官猊下の補佐を務めております、モーゼスと申します」
彼は以前、神殿を訪れたエステルとクレイに声をかけたモーゼスであった。
エステルの母、エドナの知人であるとのことだったので、『事件』の事も知っているのは不思議ではないだろう。
そして、もう一人の人物。
まだ少女と言っても良いくらいの若い女性。
アルドが驚いた原因である彼女は……
「レジーナ……なぜ君がここに……?」
そう。
そこにいたのはレジーナだった。
後宮にいるはずの彼女が一体なぜ?
アルド自身が後宮の女性たちに対しては出入りの制限はかけない宣言しているので、後宮外にいるのはあり得る事ではあるのだが……
「それはもちろん、私が過去の『事件』と深く関わりがあるからです。陛下もご存知でしょう?」
レジーナは、さも当然とばかりに言い放つ。
しかしそれで納得できるアルドてはない。
「確かに俺は知っている。だが、君も知ってるとは思ってもみなかった。そもそも……事件当時、それを覚えてるような年齢ではなかったはずだ」
「それは陛下も似たようなものでしょう?まだご幼少の頃でしたでしょうし」
「それはそうだが……」
と、そこでアルドは視線を大神官に向けた。
それはどこか非難するような色を帯びていて、それを受けた彼女は苦笑する。
「私が教えたわけではないですよ?」
「では、誰が……」
次いでモーゼスを見るも、彼が口を開く前に当のレジーナ自身が答える。
「お義母さまや、モーゼス様……神殿の他の誰かに聞いたわけではありません。私が自分で調べたのです。自身の出自が気になるのは当然のことでしょう?」
「自分で?だが……いったいどうやって?公式な記録が残っているわけでもないのに」
「ふふ……王家にとっても神殿にとっても醜聞ですものね」
「「…………」」
皮肉のようなレジーナの言葉に、アルドとミラはただ無言で俯くだけだ。
「……申し訳ありません。ともかく……記録がなくとも、手段はいくらでもあります。人の口に戸は立てられぬとも申しますし。ましてや、あの人は多方面に渡り多くの人々に影響を及ぼした人物ですから。良くも悪くも……ね」
レジーナが最後は自嘲気味に言うのを、アルドは複雑そうな表情で見つめることしかできなかった。
「それで……あの『事件』に関係する話があるということですが……どんな話なのでしょう?」
気を取り直すようにミラが切り出す。
それを受けて、アルドはディセフに目配せしてから訪問の意図を話し始めた。
「単刀直入に言おう。いま、この神殿の何処かに、エステル……エドナの娘が囚われている」
「「「!!!?」」」
アルドの言葉に大きな驚きを見せる三人。
一見してその反応には不審な点は見られなかった。
だが、彼女たちが黒幕との関わりがあるのかどうか……アルドとディセフは些細な違和感も見逃すまいと、慎重に見定めようとするのだった。




