仮面の男
特に大きな動きもなく夜が明けた。
エステルは囚われの少女たちからある程度話を聞くと、早々に就寝してしまった。
監禁場所は調度の類は殆どなかったが、生活するための最低限の設備は整っており、寝具も用意されていた。
食事も時間になれば3食しっかり出るらしく、待遇自体はそう酷いものでは無いようだ。
もちろん、それは彼女たちが大事な『商品』であるがゆえに過ぎないのだが。
そんなわけで、エステルは今……さきほど男が持ってきた朝食を食べているのだが。
「う〜ん……味は悪くないんだけど、もう少し量が欲しいなぁ」
まだまだ育ち盛りの彼女には物足りなかったようだ。
監禁されてるからと言って食欲が落ちてるなどと言うこともない。
しっかり食事をとって、しっかり寝ることが彼女のパワーの源である。
「……エステルちゃん、よくそんなに食べられるわね。私なんて、ここに来てから食欲が全然湧いてこないのに……」
一緒に食事をとっていたクララが感心したように言うが、それが普通だろう。
「食べられる時に食べておかないと、いざと言うときに力が出ないからね!」
「……そうね。私ももう少し食べておこうかな」
そう言ってクララは残そうとしていた食事に手を付ける。
二人のやりとりを眺めていた周りの少女たちも、それに倣って食事を再開した。
(うんうん、やっぱりご飯は元気の源だからね!)
エステルが来る前は悲壮感だけが漂っていた部屋も、今は少しだけ穏やかな空気が流れていた。
……と、そんな雰囲気を壊す者が現れる。
監禁場所の扉を開いて中にやって来たのは、仮面を被った怪しげな人物。
顔面全てを覆い尽くす、男性とも女性ともつかない人面を模した白い仮面だ。
どの様な顔なのか全く分からないが、体格からすれば男性だろう。
彼は何をするでもなく入口付近で佇んでいた。
おそらくは視線を巡らせて少女たちを観察でもしてるのだろうか。
だが、暫くすると部屋の中にくぐもった男性の声が響く。
「昨晩やってきたのは……お前か?」
そう言ってエステルの方を指差してきた。
「うん、そうですよ〜(……この人、『そこそこ』強いね。幹部かな?)」
エステルは気軽に返事をしながらも、内心で警戒する。
彼女が『そこそこ』と評する相手だ。
確かに幹部クラスの人物であっても不思議ではないだろう。
「……ついて来い」
有無を言わせない口調で仮面の男は言ってから、踵を返して出口に向かう。
そして、エステルは黙って頷いてから、男の後に続く。
それを心配そうに見送る少女たちに笑顔を向けな彼女は部屋を出ていくのであった。
「ねえねえ、おにーさん(?)のお名前は?どこに行くの?何するの?ここどこ?あと、ご飯足りなかったから増やして?」
エステルは男の後に続いて歩きながら、賑やかにしゃべり倒す。
しれっと食事の増量もお願いしているのが流石だ。
「……」
囚われの娘がこんなに元気に話しかけてきたら、普通は戸惑うかツッコミの一つもしてきそうなものであるが……男は終始無言で通路を進んでいく。
やがて、男は一つの扉の前で立ち止まった。
「ここだ。入れ」
やはり有無を言わせない調子でエステルに入室を促す。
仮面で表情が分からないことに加え、言葉少なで声音も抑揚がないため、彼が何を考えているのかエステルにはうかがい知ることが出来なかった。
だが特に抵抗する必要もなさそうなので、エステルは男に言われた通りに扉を開けて中に入った。
そこで彼女を待ち受けていたのは……
中は調度の類もない殺風景な部屋。
エステルを案内してきた男と同じく、仮面を被った怪しげな風体の者たちが数人待ち構えていた。
そして……
「!!?」
エステルは驚愕で目を見開いた。
彼女の視線の先では、怪我だらけの男性が椅子に縛り付けられていた。
ぐったりと力なく項垂れているため、その表情はうかがい知ることが出来ないが、その様子から明らかに酷い拷問を受けたのであろうことが見て取れる。
「なんて酷い事を……!!」
そう言ってエステルは男性のもとに駆け寄って容態を確認しようとする。
仮面の男たちは彼女を止めようともせず、その様子を黙って見ているだけだ。
「……大丈夫、生きてる!いま治してあげるからね!」
男性が息をしている事に安堵し、それからエステルは聖句を唱えて癒やしの奇跡を行使する。
柔らかな光が彼女から放たれ男性を包み込むと、瞬く間に傷が癒えていった。
「……うぅ」
「大丈夫!?」
男性がうめき声を上げるが、エステルの声に応えることは無い。
どうやらまだ気を失っているようだ。
そして、その様子を眺めていた仮面の男たちはお互いに顔を見合わせて頷き合う。
果たして、彼らの目的は何だったのか……?




