夜の神殿
もう深夜になろうか……という時間。
昼間は神聖で荘厳な佇まいを見せ、多くの信者や観光客たちで賑わっていたエル・ノイア神殿。
今は月に照らされて闇夜に浮かび上がるその姿が、どこか不気味にすら感じられるのは、怪しげな組織の根城になってるかも知れないからか。
アルド率いる騎士団の精鋭たちは神殿前広場までやって来た。
念のため人目を忍ぶように、建物の影に身を潜めている。
「さて、勢い込んでここまでやって来たのは良いが……これからどうしたものか。外から何かが分かるわけでもないし、かと言って中に入るのも時期尚早……か」
建物の陰から顔を覗かせて神殿の威容を眺めながら、アルドはそう呟く。
「陛下の権限なら、強制的に立ち入り捜査が出来るんじゃないですか?」
何と言ってもこの国で一番偉い国王陛下なのだから……と、クレイは思ったのだが。
しかしアルドはその言葉を、頭を振って否定する。
「そう簡単にいくなら話は早いんだがな。神殿とエルネア王家はそんな単純な間柄ではない」
「女神エル・ネイア様は、この国の初代国王陛下に祝福を授けたと言われている。つまり、神殿は王家に権威付けている後ろ盾とも言える存在なんだ」
「そういう事だ。俺もここで戴冠式をしたしな……関係が悪化するのは避けたいところだ」
アルドとディセフの説明に、クレイは「なるほど……」と納得した。
「じゃあ……どうするんです?」
今度はギデオンが聞く。
彼は見た目ほどには脳筋と言う訳では無いが(むしろ、エステルなどよりよほど思慮深い)、頭脳労働は領分ではなかった。
「予定通りって事だろ。もともとオークションが開催されるまで特に動きも無いはずだったんだ。アイツが予想以上に情報を入手してくれたが……どのみち動きようが無いのなら、当初の予定通り幹部クラスとの接触があるまで待機……って事ですよね?ディセフさん」
「クレイの言うとおりだな。まあ、ここでの監視も引き続き必要だけどな。あとは……」
クレイの言葉に頷いて、ディセフが更に何か続けようとするのをアルドが引き継ぐ。
「あとは他にもやるべき事が出来ただろう。連絡場所となってる酒場の監視・調査。神殿も、今は直接踏み込む事は出来んが、調査の伝手が無いわけではない」
本当は今にも踏み込みたい気持ちを堪えて、アルドは更に言う。
「彼女がいてくれれば、囚われの女性たちの身の安全は保証されているも同然だろう。何か動きがある前に、こっちもやれることはやらないとな」
その言葉は、エステルの実力を自ら体験したがゆえのもの。
だが、その言葉を聞いたクレイは一言言わずにはいられなかった。
「確かにアイツは強いですけど……それも万能じゃないですよ。あまり過度な期待をかけると、気負いすぎてポカしかねません」
「……そうだな。彼女に頼りすぎるのも禁物だ。本来は騎士団の仕事だということは我々も重々承知している」
(……まあ、あいつは既に騎士団の一員のつもりだし、プレッシャーなんか感じるようなタマじゃないんだが。あまり調子に乗せるとポカミスしかねないのは確かだからな)
クレイも彼女の実力の程はよく理解しているが、突拍子もないミスをする事を危惧している。
しかしその一方で、何だかんだで最後の最後はきっと上手いことやるだろう……と言う奇妙な信頼も、彼は感じている。
そんな遣り取りをしながら、彼らは夜の神殿の監視を続ける。
今しばらくは交代で見張りを続けるが……夜が明ければ、アルドの言う『調査の伝手』を当たったりするなど、各人それぞれが動き出す事だろう。




