『好き』
「も〜、ひどいんだよクレイは!」
「まぁまぁ、落ち着いてエステルちゃん」
後宮の庭園にある四阿にて、エステルとマリアベルがお喋りに興じている。
クレイとの手合わせを終えたエステルは、『次はギタギタにするかんね!おぼえてろ〜!』という捨て台詞を残して訓練場を立ち去った。
その場の騎士たちが、ポカン……としていたのは言うまでもない。
ディセフが『お、おい、作戦の説明は……』と言っていたのも耳に入らなかった。
「でも、二人とも本当に凄かったわ。速すぎてほとんど見えなかったけど」
「えへへ〜、ありがとう!……でも、負けたの悔しい〜!」
マリアベルに褒められて一瞬だけご機嫌になるものの、直ぐに思い出してプンスカするエステル。
彼女は何事にもあっさりしていて引きずらないタイプなのだが、こと剣の手合わせに関してはこの限りではない。
とは言っても、完全に実力で負けていたのならとっくに切り替えているはずだ。
やはり、クレイの『禁じ手』がよっぽど腹に据えかねたのだろう。
「ふふ……でも、クレイくんも意外と大人げないのねぇ……もっと達観してる印象だったんだけど」
「クレイはいつもあんな感じだよ?」
「ふ〜ん……」
そこでマリアベルは、手を頤にあて、暫し思案に暮れる。
「どしたの?」
「……ねぇ、エステルちゃん?あなた、クレイくんの事はどう思ってるのかしら?」
「ほぇ?どう……って?」
マリアベルの漠然とした問いかけに、エステルはキョトンとして聞き返す。
「ほら、何ていうか……『かっこいい!』とか、『ステキ!』とか……」
「う〜ん?…………あ!『お母さん』みたいかも!」
「お、お母さん……?」
エステルの答えにガクッ……となるマリアベル。
同い年の男の子を捕まえてそれは無いでしょう……と彼女は思ったが。
「だってさ〜、いろいろ口煩いし、私のこと子供扱いするし〜」
エステルは母エドナのことは大好きであるが、ちょっと口煩いところは苦手である。
そして、クレイも似たようなところがあるのでそう答えたのだが……せめて『兄』ではないだろうか。
彼の方はエステルを『妹』のようだ……と思ってるのだが。
「ま、まぁ……家族みたいに仲が良いってことよね」
(なるほどね〜……この様子だと、彼に恋心を持ってると言う事はなさそうだけど。でも、家族みたいな愛情から男女の愛に変わるなんて良くある事よね)
ひとまず、そう理解するマリアベル。
「じゃあ、アルド兄様の事は?」
「陛下?え〜とね、強くて優しいから好きだよ!」
屈託なくエステルは答える。
特に彼女にとって『強い』というのは重要ポイントである。
(ふむ……感触は悪くないわね。でも、いま言った『好き』ってクレイくんに対するものと同じよねぇ……。まあ、同じスタートラインに立ててるだけでも良しとしますか。妹としては、エステルちゃんには兄様とくっついて欲しいところだけど……まぁ、今後も見守っていきましょう)
そう考えたマリアベルは、取り敢えずは静観する事にしたようだ。
そんなふうに二人がお喋りをしていると、四阿へと近付く者がいた。
「あ、レジーナさん!ごきげんよ〜!」
気が付いたエステルが声をかける。
対ご令嬢用挨拶が飛び出すが、どこか軽い感じがするのは何故だろうか……
そう、やってきたのはレジーナだった。
「ご機嫌よう、エステルさん。それに……マリアベル様?なぜこちらに……?」
「あらレジーナ様、ご機嫌よう。まぁ、堅いことは仰らないでくださいな。友人のエステルとお喋りをしていただけですわ」
後宮に王妹が居ることを不思議そうに聞くレジーナに対し、マリアベルは何処か警戒した様子で、エステルに対するものとは異なるよそいきの言葉遣いで答えた。
「あ、いえ……別に咎めてる訳ではございませんわ」
「そう……それなら良いのですけど」
(あれ?二人ともいつもと雰囲気が違う……そう言えばレジーナさんって確か王族だったよね。そしたらマリアちゃんとは親戚だと思うんだけど……その割にはよそよそしい感じだな〜)
二人の間に流れる微妙な空気を何となく察するエステル。
あまり何も考えないように見えて、彼女は意外と他人同士の空気は読むことができる。
ただ思い込みが激しいので、気の利いた対応が出来るかどうかは別の話だ。
なので……
「取り敢えず、レジーナさんも座ってお喋りしません?」
などと提案してみたものの、それが正しい選択だったのかは分からなかった。




