禁じ手
エステルとクレイの手合わせが続く。
……いや、その戦いの激しさはもはや手合わせの範疇を超えていた。
「……木剣なのによく壊れねぇな」
ギデオンが呟く。
彼が言う通り、あれほど激しく剣を打ち合わせていれば、とっくに壊れていていてもおかしくないが……
その疑問にはアルドが答える。
「あれは剣にまで『闘気』を纏わせているんだ。おそらく、鉄製並みの強度があるだろうな」
「マジですか……」
ギデオンのレベルでもそれは理解を超えていた。
エステルやクレイ、アルドの領域に到達して初めて体現できるものなのだろう。
「だが……どうやら決着は近そうだ。エステル嬢がこのまま押し切って終わりだろう」
ディセフが二人の戦いの先行きを予測し言う。
彼が言う通り、クレイはエステルの怒涛の攻撃を防ぐので手一杯で反撃もままならないように見えた。
しかし。
「……それはどうかな?」
アルドは意見が違うようだ。
「陛下……ですが、クレイはもうどうにも手詰まりのように見えます」
「何を狙っているのかはわからん。だが、あいつの目はまだ諦めていない。俺の目には、あいつは何らかの策を繰り出すタイミングを見計らっているように見える」
「……確かに、勝負を投げてはいないですね」
「ああ。お前たちもよく見ておけよ」
最後まで勝負を諦めない。
その姿をクレイは見せてくれているのだ……と、アルドは騎士たちに言う。
果たして……クレイの策とはいったい何なのか?
その時は直ぐにやって来た。
「はぁーーーっっ!!」
エステルがこれまでよりも更にギアを上げて猛然と踏み込み、裂帛の気合で大剣を大上段から振り下ろす!
その一撃をクレイはかろうじて横に飛んで躱した。
ドゴォッッ!!!
エステルの大剣は、クレイの脇をギリギリ掠めて地面に叩きつけられ、そこに大穴を開けた。
通常であれば、大振りの一撃のあとには隙が生まれそうなものであるが……エステルは即座に叩きつけた大剣を無理やり引き上げて構えを取っている。
恐るべき膂力である。
「おいおいおい!!攻撃の殺意が高くないか!?」
「え?普通でしょ?」
エステルはしれっと言うが……暫く稽古が出来なかった鬱憤を爆発させている自覚はない。
その相手をするクレイはたまったものではないだろう。
(このままでは押し切られる……しかし、例えこいつが相手でも、入団後の初戦は勝ち星で飾りたいところだ。……仕方ない。ここは『禁じ手』を使わせてもらおう)
いよいよ後が無くなったクレイは、ついに起死回生の一撃を放つ事を決心する。
「ふふふ……そろそろ終わりにするよ!」
(何て邪悪な笑みなんだ……だが、調子に乗るのもここまでだ!)
クレイはエステルの攻撃を受け止めるべく、足を止めて腰を落として構えた。
それを最後の攻防のための覚悟と見たエステルは、これまでで最速の踏み込みでクレイに肉薄する。
「もらったよ!!」
勝負を決する渾身の一撃をエステルは振るおうとする……そのとき。
彼女と繋がっていたクレイの視線が、何故かあらぬ方向に向いた。
次の瞬間……!
「あ、あんなところにドラゴン肉が!?」
「え!?どこどこ!?」
クレイの言葉につられ、エステルの攻撃の手が止まる。
そして。
「隙ありぃっ!」
ポコンっ!
「あいたっ!?」
エステルとクレイ以外の、その場の全員の目が点になった。
「…………きたねぇ」
ギデオンのその言葉に、騎士たちは『うんうん』と頷いて同意するのだった。
「ずるいっ!!」
「何を言う、戦いの最中に油断するほうが悪い」
「う〜!!ば〜かば〜かおたんこなす〜!」
「子供か……」
悔しさのあまりエステルは幼児退行しているようだ。
クレイを罵る言葉のボキャブラリーが乏しすぎる。
「大体さ、騎士なのにあんな卑怯なマネしていいの!?」
「……いいか、エステル。俺たち騎士の使命は正々堂々戦うことじゃない。この命に変えても民を護ることこそが至上の使命なんだ!俺はそれをお前に伝えたかったんだ!」
エステルに言い聞かせるように、クレイは堂々と言い放った。
だが、それを聞く先輩騎士たちは顔を見合わせて微妙な表情だ。
「……まぁ、ものは言いようだな」
ギデオンが皆の心の内を代弁する。
そんな騎士たちの微妙な空気をよそに……マリアベルは余程ツボにハマったのか、笑いを堪えるのに必死になっていた。
「うぇ〜ん!!おと〜さんに言いつけてやる〜!」
「子供か……。ていうかお前、師匠にも同じ手で何度もやられてるだろうが」
クレイのあの『禁じ手』は、師ジスタルから対エステル用の切り札として伝授されたものだったりする。
ドラゴン肉が最も効果的だが、その他にも様々なバリエーションがあるのだ。
……何というしょうもない奥義だろうか。
「そうむくれるなエステル。勝負は殆ど君の勝ちだったぞ」
エステルの頭をポムポムしながら、アルドは彼女を慰める。
「ぐすっ……へ〜か……」
幼児退行ぎみのエステルは子犬のように潤んだ瞳をアルドに向けた。
彼の顔が心なしか赤くなる。
「う……ま、まぁ、クレイは冗談めかしていたが、言ってる事自体は一理あるぞ。実際、お前たちの使命は民を護ることだ。騎士として正々堂々に拘るのも良いが……それよりも大切なことがあるのは肝に銘じておくように」
そのアルドの言葉に騎士たちは真面目な顔で頷いた。
そんなふうに、微妙な空気を良い話として纏めるのは、流石の国王陛下の手腕……なのだろうか。




