宣戦布告
「俺がエステルをどう思っているのか……」
クレイはアルドの問に答えられない。
物心付いたときから一緒にいた幼馴染の少女。
自分にとっては手のかかる妹のような存在。
それ以上でも以下でも無い。
特別な想いなど抱いたことはなかった。
……そう、彼は思っていた。
しかし、先程の叙任式でドレス姿のエステルを見たとき、彼の中で何らかの感情が芽生えた。
普段見慣れない彼女の女性らしい姿を見たから……ではない。
いや、確かにそれも心が動いた要因かもしれないが……
一番の原因は、そんな姿でアルドの隣に立っていたからだ。
その姿は、そう……まるで、王と王妃のようだった。
それを見た彼の心に芽生えたのは、まだ彼自身では認識していない感情……『嫉妬』だった。
「お前にはハッキリ言っておくぞ。俺はエステルに惚れている。出来れば、王妃として迎えたいと思っている」
「お、王妃……!?そ、そんな無茶な……!?」
「無茶ではない。確かに平民の彼女を正妃にするのは色々と煩いことを言うやつもいるだろうが……」
「あ、いえ……そっちじゃなくて……」
「?」
クレイが言いたいのは、『アイツを王妃にするなんて……アンタ、国を滅ぼす気か!?』と言うことである。
……少し本来の調子が出てきたようだ。
「だが安心しろ。まだ俺は自分の想いを伝えていない。エステルはただ単に『極秘任務』のため後宮にいると思いこんでいる。俺のことも恋愛対象として意識してはいない」
「後宮……?そんなところに…………」
「もちろん、彼女に手出しはしていない。俺は彼女を無理やり王妃にするつもりなどないからな。しっかり彼女の心を俺に振り向かせてからの話だ」
強引な手で後宮入のための審査は受けさせたが。
「……なぜ、それを俺に?」
「ふっ……お前が最大のライバルだと思ったからさ」
そこでアルドはニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。
言外に、『お前には負けない』と言う意志が込められているようだ。
「べ、別に俺は……」
「自分の気持ちに気が付かないフリをするのも良いだろう。だが、それで俺は遠慮などしないぞ?」
「……」
それはアルドの宣戦布告だった。
確かな絆を持つ幼馴染同士の間に割って入り、まだエステルがクレイに恋心を抱く前に、自分が彼女の心を射止める……そう、告げたのだ。
クレイはそれに答えることができない。
自分がエステルをそういう目で見ている事に確信がもてない。
しかし、アルドから目を逸らすことは無かった。
「……ふっ。取り敢えず話はここまでだな。俺は執務があるからそろそろ戻る。あまり遅くなるとフレイのやつが煩いんだ。お前は……これから訓練に参加するのだろう?」
「え、ええ……」
「エステルも今頃、訓練場に向かってるだろう。相当楽しみにしていたからな。それと、言い忘れていたが……」
「?」
「これからよろしく頼むぞ。お前の事は、騎士として大いに期待している」
「……はい!」
色々と複雑な想いがクレイの中に渦巻いていたが……取り敢えずは、王から期待の言葉をかけられたからには、しっかりしなければと思うのだった。
彼らがそんな深刻そうな話をしている一方で、当のエステルと言えば。
「ふんふふ〜ん、ふんふんふ〜ん!」
やや調子外れな鼻歌も飛び出すほどご機嫌で、足取りも軽く騎士団の訓練場へと向かっていた。
そんな、ともすればスキップすらしそうなエステルに、すれ違う王城の使用人たちが目を丸くしている。
そして彼女は、騎士団の訓練場にやって来た。
そこは、先日登用試験が行われた野外の演習場ではなく、地下にある広大な空間だ。
階段を降りると入口には扉などはなく、既に訓練を始めている何人かの掛け声と、木剣を打ち鳴らす小気味よい音が響いている。
中に入ったエステルは息を吸って……
「たのも〜!!」
と、大きな声で来訪を告げた。
当然、その場に居た騎士や兵士たちの注目がエステルに集まる。
そして、見るからに貴族令嬢と思しき見目麗しい少女が突然現れた事に目を白黒させた。
近くにいた兵士の男が、戸惑いながらエステルに声をかけてきた。
「あ〜……お嬢さん、ここは貴女のような方が来るところでは……」
「あ、彼女はいいんだ。俺が許可している」
兵士の男がやんわりとエステルに退出を促そうとしたところ、ちょうど良いタイミングでやって来たディセフがフォローした。
ギデオンも一緒である
「ディセフさん、さっきぶりです!あ、ギー君も、やほ〜」
「誰だそれは!?」
ギデオンの事だろう。
エステルにとってクレイの友達は、すなわち自分の友達でもある認識だ。
あだ名だって付けてしまう。
……ギデオンの名が覚えにくかったから、というのはヒミツだ。
「あれ?クレイは一緒じゃないんですか?」
「あぁ……陛下が二人だけで話がしたいと言ってな。だが、直ぐに来るだろう」
「アルド陛下とクレイが?ふ〜ん……なんだろ?」
エステルは二人が話していると聞いて不思議そうにしているが……
まさか男たちが、自分を巡っての話をしているなどとは思いもしないだろう。




