兆し
クレイとギデオンの叙任式に参加したエステルは、再び後宮の自室に戻っていた。
「騎士団の訓練……ですか?」
「うん!クレイたちも早速参加するって言ってたから、私も!……って、お願いしたんです。だから、私の服に着替ようと」
エステルの今の格好は、ご令嬢が式典に参加するのに相応しいドレス姿である。
流石にそれで剣を振るうわけにはいかないだろう。
……実はそのままの格好で参加しようとしてアルドたちに止められたのだが。
「それでしたら、陛下からエステル様に……と、贈り物がございます」
「贈り物?」
「はい。いまご用意いたします」
そう言ってクレハは、衣装部屋へと向かう。
そして直ぐに戻ってきた彼女が手にしているものは……
「こちらです」
「おお〜……!可愛い!!」
ハンガーに掛けられ服を見たエステルは目を輝かせて喜びの声を上げた。
どうも彼女はオシャレに目覚めつつあるようだ。
艷やかな光沢を持つ淡いブルーのミニのワンピース。
その色はエステルの瞳をイメージしたのだろうか。
シンプルな形状ながら所々に金糸の刺繍が華美になりすぎない程度にさり気なく施されている。
そしてボトムスには、伸縮性のある素材で出来た太腿の半ばまでを覆う黒のショートパンツ。
そして焦げ茶色の編み上げロングブーツ。
靴底は平なので、ヒールに慣れないエステルでも歩きやすいだろう。
オシャレさと動きやすさを両立し、王城内でも街歩きでも違和感のない絶妙な上品さのコーディネートだ。
そして早速、エステルはその服に着替える。
サイズもぴったりだ。
「うん!可愛い!動きやすい!」
姿見で確認しながら身体を動かしてみてご満悦のエステルである。
「とってもお似合いですよ」
「えへへ〜。……あれ?この服って……」
クレハに褒められて喜ぶエステルだったが、ふと何かに気が付いて呟いた。
「お気づきになりましたか?実はその服は、護りの魔法がかけられてると聞いております」
「護りの魔法……?確かに魔力を感じたんだけど」
「何でも……下手な鎧などより防御力があるとか。更に魔法防御にも優れ、汚れにくいなど……かなり手の込んだ品のようですね」
「へぇ〜……凄いんだぁ〜」
エステルは感心してはいるが、その程度の反応だ。
しかし……それほどの魔法がかけられた服など、パーティー用の豪華なドレスなどと比べても非常に高価なものであることを彼女は知らない。
『かなり手の込んだ品』どころのものではないのだ。
「じゃあ、これで稽古もバッチリかな。早速行ってこよ〜っと」
「行ってらっしゃいませ」
そうしてエステルは自室を後にして、再び騎士団本部へと向かった。
一方そのころ。
クレイは騎士団本部にある部屋の一つを訪れていた。
彼は叙任式を終えたあと、儀礼用の正装から支給された騎士の制服へと着替え、ギデオンとともに他の先輩騎士たちに紹介された。
そして、早速訓練に参加する……となる前に呼び出されたのだ。
「来たか、クレイ」
「はい、お待たせしました。……私にお話とは何でしょうか?」
部屋の中で待ち受けていたのは、彼の主君となった国王アルドだ。
他に誰もいないところを見ると、どうやら内密な話のようだ。
「そう身構えなくてもいい。なに、ごくプライベートな話なんだが……お前には話しておこうと思ってな」
「……エステルの事ですか?」
自分だけに話があるといえば、クレイにはそれくらいしか思い浮かばなかった。
「ああ、そうだ。……お前はエステルからどこまで話を聞いている?」
エステルが昨日クレイに会いに行ったのは、アルドも情報として押さえている。
特にエステルに対して口止めなどはしていなかったが、彼女が後宮の事をどの程度話しているのかが気になったのだ。
「どこまでって…………凄く嬉しそうに『極秘任務を命じられた!』とだけ言ってましたけど、詳しい話は何も。今回私が前倒しで騎士となったのも、その任務が関係しているのでしょう?」
「……ディセフにはまだ詳しい話は聞いてないか」
「ええ。訓練が終わったら、他の先輩……隊長格向けに話があるらしいので、一緒に聞く事になってます」
「そうか……」
ひとまず、クレイはまだ詳しい話を聞かされていないようだ……と、アルドは理解した。
「実はな、エステルがお前に言った『極秘任務』と、今回お前を前倒し入団させた理由となっている作戦は、別のものだ」
「……そうなのですか?」
「ああ。どちらもエステルが関わってるがな。その話をする前に一つ聞いておきたい」
「……?」
「初めてお前たちに会ったとき、俺は『恋人同士か?』と聞こうとしたが……お前は即座に否定したよな?」
「え、ええ……実際その通りですから」
アルドから突然そんな事を聞かされたクレイは戸惑いを見せる。
クレイにとって、エステルは唯の腐れ縁の幼馴染。
そのはずだ。
「なるほど、今は確かにそのようだな。しかし……お前は彼女の事をどう思っている?」
「え……?」
以前のクレイであれば、その問に直ぐに答えただろう。
唯の幼馴染だ、と。
しかし。
先程の叙任式で見たエステルの可憐なドレス姿が脳裏に浮かぶと、彼は何故かそう答えるのが躊躇われた。
それはクレイの心に初めて芽生えた、新たな感情の兆しだったのかもしれない。




