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執着心



 その日の夜。


 昨日は夜更かししてアルドと手合わせしたエステルだが、晩餐(今回はアルドは来なかった)のあと直ぐに入浴して就寝した。

 よく食べてよく眠る事こそ、彼女の元気(パワー)の源だ。

 まだお子様だから……ではないはず。




 まだ他の者は起きているような時間なのだが、エステルはもう既にベッドの中でスヤスヤと寝息を立てている。

 先程まで彼女の世話をしていたクレハも、部屋の主が就寝したため仕事を終えようとしていた。


 ちょうどそのタイミングで部屋を訪れる者が……




「はい、どちら様でしょう……」


 ノックする音を聞きつけたクレハが部屋の扉を開けると、そこにいたのはこの後宮そのものの主。



「アルド陛下?」


「ご苦労。あ~……その。エステルに会いに来たのだが……いま大丈夫か?」


 少し遠慮がちに、視線を彷徨わせながらアルドは言った。

 女性の部屋を訪れるのに慣れていない様子だ。



「エステル様は既にご就寝されましたが……」


「なに?……随分早いな。どこか具合でも悪いのか?」


「いえ、そう言うわけではなく、普段からこのくらいの時間には就寝なさっているらしいです」


「ふむ……(娯楽の少ない辺境出身なら普通……なのか?)」


 実際のところ……確かに彼が思う通り、王都に比べれば地方の方が就寝時間は早いのかもしれない。

 それにしても……ではあるのだが。



「それなら仕方ないか…………いや、顔だけでも見ておきたいな」


「……承知しました。どうぞお入りください」


 本来なら女性の寝姿を見るなど……少なくとも、部屋の主の了承なしに男を入れるのは躊躇われるところ。

 クレハも一瞬だけ悩んだが……ここは後宮で、アルドは後宮の主だ。

 更に、エステルとアルドは既に……と、クレハは認識 (誤解)している。


 それらのことを瞬時に判断して、彼女はアルドを部屋に招き入れた。






 初めてエステルの部屋に足を踏み入れたアルドは、どこか緊張した様子だ。


「寝室はこちらでございます」


「あ、あぁ……(そう言えばこのメイド……勘違いしてるんだったな……)」


 躊躇う様子もなくエステルの寝室を案内するクレハを見て、アルドはそう思ったが、特に勘違いを正そうとはしなかった。



「では私は失礼しますので……ごゆっくりどうぞ」


「う、うむ……」


 これから何をすると思われているのか……そう考えると彼は気まずさを感じるのだが、クレハはあくまでも事務的に告げて部屋を出ていってしまった。




「……完全に誤解されたな。まぁ、何れは……だから別に構わないが」


 彼は自分に言い訳するように独り言を呟いた。


 だが、エステルの意志を無視してそういう関係になるつもりがないのは確かだ。

 ……半ば強引な手段で彼女を後宮に入れてはいるが。


 今回は本当に顔が見たかっただけだ。

 忙しい政務の合間を縫って、可能な限り彼女と交流をはかりたい……と。

 このあと直ぐに政務に戻るつもりである。



 そして彼は息を殺し、足音を忍ばせて寝室に向かう。

 起こさないように気を遣ってるだけなのだが、その様子は完全に不審者のそれに見えた。



 そして、やはり音を立てないようにして寝室の扉を開けて中に入る。






「すぅ~……すぅ~……」


 大きなベッドの上で寝息を立てて眠る少女。

 掛け布を纏めて腕の中に抱き、丸まって横になっている。

 あまり寝相は良くないようだ。



「むにゃ…………ドラゴンのお肉……もっと……」


「…………何の夢を見てるのやら」




 しばし彼女の寝顔を眺めるアルド。

 起きているときの快活な様子と異なるエステルの姿。

 こうして瞼を閉じて大人しく眠っていると、彼女の神秘的な美しさが際立ち、印象が全く異なるように彼は感じるのだった。

 ……寝言はアレだが。




「……あれ程の強さの持ち主とは思えないな」


 こんな可憐な少女が、自分とほぼ互角の力を持つとは……と、改めて彼は思う。

 そんな力を持ってたとしても、危険な任務を任せてしまったのは申し訳ない……とも。

 例え王としての正しい判断であっても、アルドはそう思わずにはいられなかった。



 自分でも戸惑うくらいに、アルドはエステルに惹かれている。

 それは、彼女の太陽のような明るさや、真っ直ぐな性格を好ましく思った……と言うだけでは説明がつかない。

 例えどんな手を使ってでも手に入れる……などと黒い感情すら抱いてしまう程に、静かな激情が彼の中で渦巻いているのだ。



(……このままここに居ては抑えが効かなくなりそうだ。そろそろ行くか)


 彼はそう自覚してその場を去ろうとするが、最後に少しだけ……と、彼女に近付く。



 ふわっ……と、仄かに甘い香りがアルドの鼻孔をくすぐった。



「ん…………」


 エステルが身じろぎをして、微かな吐息の音が漏れるのを聞くと、アルドの心臓は跳ね上がる。


 起こしてしまったのではないと分かると、彼はエステルの美しい紅い髪に触れようと、そっと手を伸ばした……


 その時。



 がっ!とエステルがアルドの手首を掴んだ。



「っ!?」



 そして物凄い力でアルドを引き寄せて抱きついてきた。



「お、おい……エステル?」


「むにゃ……さむぃ…………エレナ、ジーク……おいで……」


 どうやら寝惚けて妹弟と勘違いしているらしい。



「くっ……力が強い……」


 エステルの手脚で完全にホールドされたアルドは逃れられない。

 ぎゅうぎゅう、と力強く締め付けてくる。


 ……普段から彼女の妹弟は良く耐えられるものだ。



「ん…………あったかい………」


「……どうしたものか」


 ひとまず抵抗するのは止めたものの、これからどうしようか……と悩むアルド。

 流石に絞め殺される心配は無いとは思うが……彼の精神衛生上、非常によろしくない状況だ。

 完全に密着してるので、柔らかな感触がゴリゴリと彼の理性を削り取っていく。


 しかし。



「ん……クレイ…………」



 その呟きを聞いたアルドは、す~……と一気に頭が冷えていくのを感じた。



「クレイ…………だと?君は……あいつの事が好きなのか?」


 彼は呆然と呟きを漏らす。



(クレイは恋人ではないと言っていた。確かに雰囲気も恋人のそれではなかったが……)


 初めて会った時に『恋人か?』と聞こうとしたのだが、クレイには食い気味に速攻で否定された。

 それは照れ隠しなどではないように見えたのだが……エステルはそうではなかったのか?とアルドは思い悩む。



「…………まぁ、いい。これから俺の方を振り向かせれば良いだけの話だ」


 そう宣言した彼は、唇をエステルの首筋に寄せて……


 





 …………実際のところ、ここ最近の宿暮らしでエステルはクレイを湯たんぽ代わりにしようとしていただけで、先程の呟きもそれが原因だ。

 クレイの名誉のために言っておくと、彼は彼女が抱きつこうとしてくるたびに、容赦なくベッドから追い出していたのだが……


 そんな事を知る由もないアルドは、エステルへの執着心を更に強めるのだった。


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