友達
作戦会議を終えたエステルは後宮に帰るため、クレハを伴って王城の廊下を進む。
昨日の今日ではあるが、もうすっかり勝手知ったる場所と言う感じで、彼女の足取りは軽い。
そして後宮までやってきたのだが……
エステルは庭園に誰かいるのを見つけた。
その女性はエステルを見つけると真っ直ぐに近づいて来る。
エステルは彼女の姿には見覚えが無かった。
しかし……
(あれ……?この人、どこかで会ったような……)
豊かに波打つ白銀の髪に、青い瞳を持つ美しい少女。
歳はエステルと変わらないくらいか。
何故かとても嬉しそうな笑みを浮かべている。
「エステルちゃん!」
「え?……え〜と」
自分の名前を呼ぶ少女に戸惑うが、近くで見てもエステルは彼女に見覚えが無い……のだが、やはりどこかで会ったような気がする。
どうも最近はそんなことが多い。
「エステル様、この方はアルド陛下の妹君でいらっしゃいます」
「アルド陛下の妹さん……?」
「ええ、王妹のマリアベルよ。はじめまして……ではないわよ?」
その名前、その喋り方、その声……そして、アルドの妹であると言う事から、エステルの記憶にある人物が思い浮かんだ。
「もしかして……マリアちゃん?」
「せいか〜い!また会えて嬉しいわ!」
そう言って彼女はエステルの手を取って、本当に嬉しそうに言うのだった。
「えっと……マリアベルさま、って呼んだほうが良い……ですよね?」
「ううん、ぜひマリアって呼んでちょうだい。敬語もいらないわ。だって、エステルちゃんはお兄様の……」
「アルド陛下の?」
「……ううん、何でもないわ!」
マリアベルは、兄アルドがエステルに好意を持っている事を知っている。
直接本人から聞いたわけではないが、初対面の時の彼の態度や、エステルがここにいると言う事実から、それは間違いないと思っていた。
(あのお兄様が、女の子に好意を持つなんて事……これまででは考えられなかった事だもの。そんな貴重な人は絶対に逃しちゃだめ。でも、エステルちゃんはまだどう言う気持ちなのか分からないから、ここは慎重にいかないと。とにかく、お兄様との仲は私が取り持つわ!……それに、私ももっと同年代のお友達が欲しかったのよね)
などと、マリアベルは内心で慌ただしく考える。
「と言うことで、これからよろしくね!」
「うん!」
エステルとしても同年代の女の子の友達が出来るのはとても嬉しい事だ。
と、そんな話をしていると、そこに別の令嬢が現れた。
「ミレミレ〜!」
「あ、エステル!それに……マリアベル様!?」
やって来たのはミレミレこと、ミレイユ・ミレーだ。
彼女は後宮にマリアベルがいることに驚く。
どうやら二人は面識があるようだ。
高位の貴族令嬢と王妹ならば、当然社交界で会う機会もあっただろう。
……そして『ミレミレ』にはもはや突っ込まない。
「ミレー侯爵令嬢、ごきげんよう」
「マリアベル様、ご無沙汰しております……どうしてこちらへ?」
「堅いことは言わないでね。ちょっとお友達に会いに来ただけだから」
マリアベルはエステルを横目に見ながらミレイユの問に答える。
「友達……って、エステルがですか?」
「そうよ」
「ともだち〜」
数日前に会ったばかりで、友達になったのもたった今なのだが……ミレイユにはそんな事情は分からない。
なので……
(王妹殿下とも友達!?しかも凄く親しげだし!やっぱりエステルって只者じゃない……。わ、わたし、あんな口をきいてたけど大丈夫だったかしら?……ううん!私だってエステルと友達なんだから問題ないよね!?)
と、内心で慌てるが、何とか平静を取り繕うミレイユ。
「あなたもエステルちゃんと仲が良いみたいね」
「ミレミレは友達だよ!」
「え……あ、はい……と、友達……です」
しどろもどろになりながらもミレイユはそう答える。
……ちょっとデレるのが早すぎはしないだろうか?
「それじゃ、私ともお友達になってくれるかしら、ミレミレ?」
「え!?そ、そんな、畏れ多い……ってミレミレは……」
「いいじゃない、王妹なんて言ったって、そんな大層なものじゃないわ。せっかく歳も近いのだし、ぜひあなたとも仲良くしたいの。それに、もしかしたら将来のお義姉様になるかも……でしょ?」
マリアベルはミレイユの手を取りながら、気さくに言う。
そして、そこまで言われれば断ることなど出来ようはずもない。
「は、はい……私で良ければ……と、友達に……」
「敬語もいらないのだけど……それは追々ね」
「みんな友達だね〜」
それから彼女たちは、仲良く後宮の庭園で暫く他愛のないお喋りに興じる。
そんな彼女たちの様子を、木立の陰から遠く眺めていた者がいた。
「ここは後宮……一見して綺羅びやかな、しかしその実ドロドロとした愛憎渦巻く女の園。……のはずなのだけど」
口元を扇で隠しながら呟く女性。
ここに居るということは、彼女も後宮入り候補の一人という事だろう。
「やっぱりあの娘……大したものだわ。でも……厄介でもある。さて、私はどう動くべきなのかしらね……?」
その声には感情は籠もっておらず……いや、どちらかというと、僅かに哀しい色が含まれているようにも聞こえた。




