女騎士(仮)、駆ける
「じゃあ私はお城に帰るね〜」
宿でクレイに事情を説明したエステルは言う。
極秘任務で長く城を不在にするわけには行かない……と、彼女は真面目に考えてる。
「……『帰る』か。やっぱ順応するのが早いよな、お前」
エステルが自然と口にした言葉に、クレイはしみじみと呟いた。
エステルならどんな環境にもすぐ適応できると彼は思っていたが、改めてその通りだったと認識する。
「えへへ、それほどでも〜」
「別に褒めてないが」
「クレイはこのあとどうするの?」
「ギデオンと約束があるんだ」
どうやら、昨夜一緒に食事をしたときに約束したらしい。
直ぐにそんな約束をするあたり、お互いにかなり気があったようだ。
「?……ギデオンって誰?」
「あぁ……お前、名前は知らなかったか。ほら、騎士登用試験の会場で俺等に絡んできたヤツがいたろ?」
「あ〜、あのおっきい人?」
「ああ。俺等に本気出してもらおう……ってんで挑発してきたみたいだったんだが。話してみたら、中々いいヤツだったぞ」
「へぇ〜お友達になったんだ〜、良かったね!」
「ん……」
改めてそう言われると照れてしまうクレイである。
「まぁ、アイツも合格は間違いないだろうから……そのうち会う機会もあると思うぞ」
「うん、紹介してね〜!」
彼女は知る由もないだろう。
彼の芽生えようとしていたかも知れない恋心をクレイが摘み取った事など。
「で、何を約束してるの?」
「ん?あぁ、実は……一緒にハンターの仕事を受けないか?って言われてな。最近ろくに鍛錬も出来てないし、付き合おうかと思って」
「え〜!何それ!私も行きたい〜!」
「だから、お前が帰ってきたらどうするか聞こうと思って待ってたんだが……極秘任務なんだろ?まぁ、王都の周辺なんて大した魔物はいないし、肩慣らし程度にしかならないさ」
「むむむ…………むぅ、仕方ないか〜」
エステルは律儀にも使命を全うしようとする。
彼女は能天気でいい加減で何でもクレイに丸投げしがちであるが、一度引き受けた仕事を放り出すような無責任な娘ではない。
……本当は極秘任務など無いのだが。
それに、クレイが言った通り王都周辺は辺境と比べて魔物の強さは大したことがない。
エステルやクレイくらいの実力者には物足りないだろう。
「じゃあクレイ、またね〜」
「ああ。……あまり無茶すんなよ」
相変わらず心配性のクレイだが、エステルの事をよく知る彼からすればそう言わずにはいられないのだろう。
そして二人は宿の前で別れ、それぞれの場所へと向かうのだった。
「さ〜て、クレイには説明したから、もう城に帰るんだけど。折角だし、通ったことない道から行こうかな〜。優秀な女騎士はしっかり地理も覚えないと!お城はでっかいから何処からでも見えるし、迷子になることはないでしょ!」
クレイと別れたエステルは、街のメインストリートを進みながらそんな独り言を言う。
もちろん優秀な女騎士とは彼女の事だ。
……そして今、彼女は何らかのフラグを立てた。
「そんじゃ、こっちの道から行ってみよ〜!多分近道だと思う!」
メインストリートを歩いていた彼女は方角だけを頼りに、特に何も考えずに細い脇道の一本へと入っていく。
前回そうやって迷ったことなど、もちろん忘却の彼方だ。
「ふふ〜ん、ふんふんふ〜ん……」
ご機嫌に鼻歌まで出始めた。
迷いない足取りで裏路地をずんずんと進んでいく。
人通りは徐々に疎らになっていき、高い建物に囲まれた道は細く薄暗い。
そして雰囲気が段々と怪しくなってくる。
「ふんふん〜……ふんふんふ〜ん……」
しかしエステルは周りの雰囲気など気にせずに、鼻歌を歌いながら進んでいく。
その時。
「ん……?」
超高性能を誇るエステル・イヤーが反応し、彼女はその場に立ち止まる。
手を当てて耳をすませば……
「む……女の人の悲鳴が聞こえる!!こっちか!!」
またしても女性の悲鳴らしき声を察知した彼女は、すぐさま細い裏路地を駆け出す。
「王都の平穏を乱す悪者め……この敏腕女騎士 (仮)のエステルが成敗してくれる!!」
彼女はもう既に王国騎士の一員のつもりである。
その瞳には正義の炎がメラメラと燃えていた。
そして『王都の平和は自分が守るのだ!』……と、気合を入れて現場に急行するのだった。