再会
「なるべく早く戻ってきますね〜」
「気を付けて行ってらっしゃいませ」
王城の門のところまで付いてきてくれたクレハに見送られ、エステルは街へと繰り出した。
(任務があるから、あまり後宮を不在にしちゃ不味いよね。陛下はそんなに張り詰めなくても大丈夫……なんて言ってたけど、しっかり任務は果たさないと!)
もう彼女の気分は、すっかり凄腕女騎士のそれである。
実際のところ剣の腕前で言えば、彼女は凄腕どころか並び立つ者もほとんどいないであろう強者だ。
しかし如何せん彼女の行動は、常に誰かの予想の斜め上を行く。
だから、そんな任務を彼女に任せて大丈夫だろうか……と不安になってしまいそうになるが、そもそもその極秘任務とやらが彼女の妄想の産物なので、全く問題はない。
「え〜と、宿は……こっちだったね!」
王城を出たエステルは、まだそれほど人出のない街を歩いていく。
彼女は一度通った道は覚えているので、その足取りに迷いはない。
暫らく歩くいて宿の近くまでやってくると、少しずつ賑わってくる。
まだ朝早い時間帯なのでピークよりも人は少ないが、職場に向かう者や店の準備をする者、はたまた夜通し飲んでいたらしき酔っぱらいの姿もチラホラと見られた。
そしてエステルは、昨日までクレイと一書に宿泊していた宿に戻ってきた。
彼女は中に入ると、宿の女将に挨拶してから階段で部屋のある2階へ昇っていく。
まだ引き払ってはいないので問題ない。
そもそも、まだ彼女は一部の荷物を部屋においているし、クレイもいるはずだ。
そして、部屋の前までやって来ると…………
「おっはよ〜っ!クレイいる〜?」
ノックもしないで、ば〜んっ!と勢いよく扉を開け、声をかけながら中に入る。
そして、中にいたクレイの姿を目撃する。
………お互いに固まって、暫しの沈黙が落ちる。
「ありゃ……何で服着てないの?」
「着替えてたんだよ!!扉を開けるときはノックぐらいしろっ!!バカタレっ!!」
………………
…………
……
「いや、だったらさ〜、鍵くらいかけておこ〜よ」
「くっ……エステルのくせに正論を……」
「それに、別にクレイの裸なんて見慣れてるし」
「だからいつの話をしてるんだ。誤解を招く表現はヤメロ。ていうか恥じらいとか無いのか、お前には」
「だいたいさ〜、着替えるときに全部脱ぐクセやめよ〜よ」
「……なんてこったい。コイツに言い返せないなんて……」
そんなふうに、エステルがクレイを言い負かすというとても珍しい光景が展開されていた。
そもそも彼女がノックをしないのも悪いのだが……
「……まぁ、とにかく。やっと帰ってきたか」
何だかんだ言ってエステルの事を心配していたクレイは、ホッとした表情で言う。
「今まで何やってたんだ?別のところで試験受ける……なんて聞かされたが」
「あ、ちゃんと騎士の試験は受けたよ!もう、バッチリだったね!」
彼女は基本的に曲がったことは嫌いだが、正義のためには平気で嘘もつけるのだ。
……何だ、割と融通が利くじゃないか。
しかし。
「……嘘だな」
クレイはあっさりと見破った。
流石は長年の腐れ縁というだけはある。
「う、ウソジャナイヨ?」
「お前、嘘つく時に目が泳ぐんだよ。あと両手の指をワキワキするし、右足をトントンさせる」
……サインが多すぎる。
別にクレイじゃなくても見破れそうだ。
じ〜……
クレイが無言で見つめていると、エステルの視線はあちこち彷徨って落ち着かない。
明らかに挙動不審である。
「ホレ、さっさと白状しやがれ」
「駄目なの!極秘任務なの!」
「あん?極秘任務だと?」
「そう!!私は凄腕女騎士として、極秘の任務にあたるんだよ!!」
ふんすっ!
と、エステルは胸を反らして得意げに言う。
それを見たクレイはジト目になって言う。
「よく分からんが……お前、騙されてないか?」
「失礼な!!騙されてなんかいないよ!!国王陛下直々の指令なんだから!!」
騙されてはいない。
いや、最初は騙されたのだろうが……
『極秘任務』とやらは、彼女が勝手に解釈した結果である。
……それを黙って放置してるのもどうかと思うが。
そして極秘と言いつつ、さらりと重要な情報を漏らす。
やはりこの娘に秘密の任務など務まらないのではなかろうか。
(国王が直々に……?思ったより更に面倒そうな話だな。……また何か勘違いしてるだけのような気もするが)
クレイ、正解である。
(まぁ、こうやってここに来ていると言う事は、自由に行動は出来るみたいだし……それほど心配はいらないか?コイツ頑固だからこれ以上は教えてくれないだろうし)
彼はひとまず頭の中でそのように理解した。
「んで?このあとどうするんだ?極秘任務 (笑)って事は、暫くは城に滞在すんのか?」
「(何か今……?)……うん。だからクレイにそれを伝えに来たんだよ」
「そうか。じゃあ宿は引き払うんだな。俺も数日後には騎士団の宿舎に入れるらしいが……それまでは、何か連絡があったら宿に伝言しておいてくれ」
「分かったよ!……あ、確か私の方も、王城の受付に言えば伝言してくれるって言ってた気がする」
「ああ、分かった。取り敢えずは安心した……わけでもないが、所在が分かってればいい」
何かと腑に落ちない事もあるが、ひとまず彼はそう結論するのだった。




