後宮の夜が明けて
翌日。
真夜中まで起きていた割に、エステルは朝早く目覚めた。
どうやら、暫らく稽古ができなかった彼女のストレスが、アルドとの手合わせ(と言うか、ほぼ全力の戦闘)で解消されたため、ぐっすりと眠ることが出来たらしい。
「おはようございます、エステル様。お早いお目覚めですね」
「クレハさん!おはようございます!」
昨日と異りスッキリと目覚めたエステルは、元気よく挨拶する。
「それでは朝のお支度の準備を手伝わせていただぎます」
「あ、お願いします〜」
もう他人に世話をされるのも慣れたようだ。
エステルは割と環境に順応するのが早い娘である。
「さて、本日は特に予定はございませんが……お着替えはいかがいたしましょうか?」
「ん〜……取り敢えず、連絡はいってるって事だけど、クレイとは直接話をしておきたいかな〜」
昨日別れたきりの幼馴染のことを、ちゃんと覚えていたようだ。
ついさっきまで綺麗サッパリ忘れていたのは秘密だ。
エステルとしてはこの後も後宮に滞在しながら、極秘任務を遂行する……と思い込んでいる。
(秘密の任務だからなぁ……なんて言おうか?)
もうすっかり彼女は任務を遂行する凄腕女騎士の気分である。
例え気心の知れた幼馴染と言えど、全てを話すことは出来ない……だって極秘任務だから。
「……ま、てきと〜に言っておけばいっか」
考えるのが面倒になったようだ。
一体どうするつもりなのか……
「何が……でしょうか?」
「あ、ううん、こっちの話です〜。それにしても、昨日のアルド陛下は凄かったなぁ……」
そんなふうに、まるで恋する乙女のようにうっとりと呟くエステル。
もちろんそんな色っぽい話ではないのだが……
「?……昨夜、陛下とお会いされたのですか?」
「あ、はい。ちょっと眠れなくて……こっそり散歩に出たんです。ごめんなさい」
「あ、いえ、昨日お話させていただいた通り、後宮内をご自由に出歩いていただくのは全く問題ありませんが……陛下が凄かった……とは?」
「えへへ〜……実は昨日、陛下と『一戦交えた』んだ〜」
「い、『一戦交えた』……!?も、もうそこまで陛下との仲が進展したのですね……」
顔を赤くしてクレハが呟いた。
どうやらまたしても誤解が生じている様子。
……実はこの国では、男女が『一戦を交える』と言うのは隠語に当たるのだ。
意味は…………言わずもがなだろう。
当然エステルが言った言葉は文字通りの意味であるのだが、妙に乙女ちっくな表情で言うものだから……クレハが誤解するのも仕方ないだろう。
そして、その誤解は解かれることなく、エステルの身支度が整えられていく。
「う〜ん……私の服じゃ駄目なんですか?」
「駄目……と言うわけではございませんが、やはり城内を歩くとなると、それなりの格好の方が宜しいかと。街歩きにも違和感は無い服装ですし」
エステルの今日の格好は、一見して普通の町娘の装い。
ベージュのワンピースに白いケープを重ねただけのシンプルなコーディネートである。
しかしそれは当然ながら後宮に用意された衣装なので、最高級の素材と名のある職人が仕立てた逸品。
隠しきれない上品さが滲み出ている。
昨日もそうだったが、普段着慣れていないあまりにも滑らかな感触に、彼女は戸惑ってしまうのだ
(でも、これからここに住むのだから……服装くらい早く慣れないとね!)
そんなふうに彼女は気を取り直して……あとは髪を整えてもらって支度を終えるのだった。
「エステル様には、城内を自由にご通行頂ける許可が下りてます。こちらをどうぞ……」
「……これは?」
手渡されたのは、細い金色の鎖のペンダント。
ペンダントトップにはエステルの髪色にも負けないくらいに鮮やかな紅い宝玉が嵌められている。
「通行許可証のようなものとお考えください。アルド陛下が直々にお選び頂いた……とお聞きしております」
「陛下が……ありがとうございます!」
「お礼でしたら、陛下に直接言っていただければお喜びになると思います」
「はい、分かりました!」
宝石や装飾品などには殆ど興味は無い彼女であるが、誰かに物を贈られれば、もちろん素直に嬉しいと思う。
クレハに付けてもらったそれを手にとって眺めると、嬉しそうに微笑む。
そうして身支度が全て終わると、彼女は部屋を出て城外へと向かうのだった。




