国王との出会い
談話室でミレイユとお喋りを楽しんだあと、晩餐の時間が近付いたため、エステルは再び自室へと戻った。
「皆と一緒に食べるんですか?」
「はい、折角皆さまお集まりの機会でございますので、交流のためにも……とのことです。それから、この後宮の主……国王陛下もいらっしゃるとの事です」
「え!?王様に会えるの!?」
「はい。ただ……陛下はお忙しい方ですので、それほどお時間は取れないそうです」
少し残念そうな雰囲気でクレハは言う。
彼女としては、せっかくエステルが王にアピールする機会があまり取れそうにないことを残念に思っているようだ。
「そっか〜、残念。(手合わせしてもらう時間は無いってことだよね……)」
そして、エステルが残念に思う理由は、クレハとは全く異なるものだった。
やがて、晩餐会の時間がやって来た。
エステルは再びドレスに着替えさせられ、会場となる一階の大食堂へと向かう。
また着替えることに少しばかり辟易とする彼女であったが、これも騎士の務めと自分に言い聞かせる。
……本当に、まだ気が付かないのだろうか?
大食堂の中に入ると、既に何人かのご令嬢が着席し談笑していた。
エステルを見かけると、「ごきげんよう」と挨拶の声をかけてくる。
エステルもその都度、「ごきげんよ〜」と返しているのだが、その挨拶の言葉は令嬢たちの真似をして覚えたのだろう。
しかし、随分と仲良くなったものである。
貴族令嬢にはいないタイプだから、それが魅力的に映るのだろうか?
晩餐のテーブルは細長い長方形で部屋の入口から最も奥が上座……王が座る席であり、その両側に家格の高い者から順に着席するのが通例である。
そして大抵の場合、その通例に従って予め席次が決められている。
通常であれば平民であるエステルは最も下座である入口付近の席になるはずなのだが……
「エステル様のお席はこちらになります」
そう言ってクレハが案内したのは、何と王に最も近い席であった。
クレハに椅子を引いてもらい腰掛けるエステルを見ながら、令嬢たちは『やはり、只者ではなかった』と、更に誤解を深める事となる。
実はこの席次を決めたのは王ではない。
宰相フレイの『丁重にお迎えするように』という言葉をドリスが忠実に実践した結果である。
それから晩餐会場に次々とご令嬢たちがやって来て着席する。
そして、エステルの近くの席にやって来たのは……
エステルの対面にレジーナ、下座側の隣にミレイユが座るのだった。
「あ、レジーナさん、ごきげんよ〜」
「はい、ごきげんよう、エステルさん」
「ミレミレはさっきぶり〜」
「え、ええ……(この娘……私よりも家格が上なの!?)」
驚きで渾名呼びにツッコミを入れるのも忘れて曖昧に返事をするミレイユ。
驚いているのはレジーナも同じだが、それを表に出さないのは流石である。
そうして、王以外の全ての席が埋まる。
どことなく緊張感が漂うのは何故なのか……
(……?何だかみんなシ~ン……として、どうしたんだろ?)
先程までの空気の違いにエステルも戸惑いを見せている。
そして、晩餐会場にドリスが現れ……王の来訪を告げる。
「皆さま、国王陛下がお越しになられます。くれぐれも失礼無きようお願い申し上げます」
ドリスの言葉が終わると、令嬢たちは着座のまま頭を垂れる。
(はぇ?……取り敢えずマネしとこっ)
誰にも気づかれないほどほんの一瞬の間に、エステルはそう判断して令嬢たちに倣って頭を垂れた。
流石の反応速度である。
そして、令嬢たちが頭を垂れたのを見計らったようなタイミングで晩餐会場の扉が開かれ……この後宮の主、ただ一人だけ立ち入りが許されている男性が入ってくる。
(う〜……見えないよぉ……)
視線が下を向くので横目でも男の顔が見えず、エステルは内心でぼやく。
だが、それも僅かな間のこと。
エステルのすぐ側を通って、男は自分の席に着席する。
そして。
「面を上げて楽にしてくれ」
(あれ?この声……どこかで?それに……)
その男の声を、エステルはどこかで聞いた気がした。
近くを通ったときの気配も……最近感じたもののような気がする。
直ぐには思い出せないまま、令嬢たちが一斉に顔を上げる気配を感じてエステルもそれに倣った。
そして、自分のすぐ近くの席に座ったその男の顔を初めて見た。
金の長髪を後で束ねた青い瞳の貴公子。
その相貌は非常に整っている。
エステルより少し年上だろうか。
そしてやはり……エステルはその顔を何処かで見たような気がするのだった。




