模擬戦
騎士登用試験の会場では最後の試験である模擬戦が行われていた。
何れも腕に自身のある若者たちばかり。
自らの力で栄光を掴むため、熱い戦いが繰り広げられる。
裂帛の気合の声と剣を打ち鳴らす音が幾度となく響き渡り、試験官の宣言が勝者と敗者を分かつ。
そんな中、クレイは模擬戦の様子を視界に入れながら、気もそぞろに別の事を考えていた。
(エステル……別の会場で試験を受けてるだと?考えられるのは師匠の娘って事が分かって……特別待遇って事か?)
かつて名を馳せた剣聖の娘。
クレイからすれば理由はそれくらいしか思い浮かばなかった。
まさか今頃……貴族令嬢と力を合わせて料理を作ってそれを堪能しているなど、想像できるはずもないだろう。
(……まぁいい。ちゃんと試験を受けてるってんならそれで。わざわざ特別待遇にするくらいだし、あいつの実力なら合格は間違いないだろう。これ以上心配しても無駄だ。とにかく、今は自分が合格することだけを考えよう)
クレイはそう気持ちを切り替えて、初めて目の前の模擬戦に集中し始める。
模擬戦は一回きりではなく、何度か対戦が組まれている。
そして審査としては、勝利する事が重要である事に違いはないが、敗けたからといって直ちに不合格となるわけではないらしい。
試合の内容もある程度見られるとのことだった。
クレイ自身も既に一度対戦を行い、集中力に欠きながらも全く危なげなく勝利を収めていた。
(……こんなものか。油断するつもりはないが、これなら…………ん?アイツは確か)
暫く模擬戦の様子を見ていたクレイは、自分の脅威となりそうな相手は多くなさそうと感じていたが、ある男が試合に現れるとそれに注目する。
その男は筋骨隆々の大男……試験開始前にクレイとエステルに絡んできた男だった。
(さて……エステルの評価は『そこそこ』と言う事だったが、どんなものかな)
エステル評の『そこそこ』は、一般的には相当な強者となる。
シモン村の自警団メンバーの多くがこれに当たる。
因みにエステルの評価ランクは下から順にこんな感じだ。
『よく分かんない』<『あんまり強くない』<『まあまあ』<『そこそこ』<『強い!!』
エステルが『強い』と言った場合、彼女と同等レベルの実力を持つということになる。
今まで彼女がそう評したのは、父であるジスタルとクレイ、シモン村の何人か、そして先日出会ったアランくらいだった。
そして『そこそこ』という評価はそれより一段落ちるが、そもそも『強い』評価は人外レベルの者たちばかりのため、普通に考えれば十分過ぎるくらいの実力を持っている……と言うことになる。
そして試合が始まった。
試合開始の合図とともに、大男が一息で対戦相手との間合いに踏み込む!!
(速い……!!)
鈍重そうな見た目にも関わらず想像以上の俊敏な動きに、クレイは目を瞠る。
そして、一瞬で間合いを詰めた大男は、大剣を横薙ぎに大きく振り回す!
一見して無造作に見えるが、パワーとスピードも申し分なく鋭い一撃だ。
対戦相手はかろうじて剣を立ててそれを受け止めようとするが……!
ドガァッッッ!!!
「うわぁーーーーーっっっ!!?」
何と、防御した相手をそのまま吹き飛ばしてしまったではないか!
数メートルも吹き飛ばされた対戦相手は受け身も取れず地面に転がって、直ぐに起き上がることが出来ない。
「そこまで!!勝者、ギデオン!!」
試験官の騎士が宣言し、模擬戦はたったの一撃で決着が付いてしまった。
(……見た目通りのパワーファイターのようだが、単なる脳筋でも無さそうだ。……ギデオンと言ったな。確か俺の次の対戦相手の名前だったはず)
そして、勝利者であるギデオンがクレイの方にやって来る。
彼はクレイを見かけるとニヤリと笑って言い放つ。
「よう、確かクレイっつったな?一回戦は雑魚相手に勝てたようだが……次はこの俺だからな。今から覚悟しておくことだ」
「……ぬかせ。まぁ、唯の脳筋じゃないようだが、上には上がいることを教えてやるぞ」
「けっ!…………そ、そう言えば、あの嬢ちゃんがいねえみてえだが……どうしたんだ?」
クレイとのやり取りに悪態をついたあと、突然そわそわしながらそんな事を言うギデオン。
(あぁ……コイツ、エステルの事が気になってるんだっけか。アイツはやめておいた方がいいと思うがなぁ……。しかし、顔を赤らめて結構純情なんだなコイツ。すっげえ似合わねぇ……と言うか、きめぇ)
一先ず頭の隅に追いやった頭痛の種の事を聞かれ、更にギデオンの様子にもゲンナリするクレイ。
だが律儀にも彼は答える。
「……さあな。アイツとは受付のあとに別れたきり、それ以来姿を見てない。試験官に聞いた話では、別の会場で試験を受けてる……なんて言ってたが」
「別の会場……?なんだそりゃ?」
「知らん」
ギデオンに再び問われても、クレイにはそう答えることしか出来なかった。




