たくらみの裏側
エステル達が後宮の厨房にて料理を作っている頃、国王の執務室にて……
「陛下、どういう事なのですか?」
今日も今日とて書類仕事に忙殺される国王のもとに、これもいつもの事である宰相閣下の苦言が飛び出していた。
ただ、彼が少し怒っている口調なのは中々無い事ではあった。
「どういう事……とは、どういう事だ?」
「とぼけないで下さい。後宮審査会のことですよ」
「ああ……あれか。何やら手違いがあったようだな。残念な事に」
宰相フレイの追求に、大袈裟にため息をつきながら態とらしく嘆いて見せる国王。
フレイは目を細めて尚も言い募る。
「よくもまあ抜け抜けと……どうするおつもりなのです?まさか……平民の娘を後宮に迎えるなどと仰るつもりではないでしょうね?」
「……何が問題ある?平民だから何だと言うのだ?」
それまではフレイの言葉にのらりくらりと返していた国王は、『平民の娘を〜』という言葉を聞いて明らかに怒りの感情を見せる。
「……失言でした。ですが、実際どうするおつもりなのです?あの娘……エステルは騎士志望だったはず。本人の意志を無視してこんな強引な方法を取るなど……陛下らしくもない」
フレイは失言を認めて詫びるが、引き下がるつもりは無いようだ。
そして彼の言う事は全くの正論である。
「俺らしくない、か……それはどうかな?立場を笠に着て強権を振るう……元々そんな男だったのかもしれんぞ?」
彼は自嘲気味にそんな事を言った。
フレイはそれを聞いて、少しトーンを落として言う。
「陛下がそのような方ではないのは、我々臣下は良く分かっております。ですから、尚更今回の件が不可解なのですよ」
その声は心配の色を含んでいた。
それを聞いて流石にバツが悪くなったらしい王は、真面目な顔になってその真意を明かした。
「できれば、彼女を妃として迎えたいと考えてる。側室や愛妾ではなく」
「……!まさか、本気……なのですか?」
「ああ、本気だ」
あくまでも真面目に王は答える。
フレイは今回の件は単なる王の戯れで、まさか本気だとは思ってなかった。
「妃の事を考えて頂けたのは大変喜ばしい事ではありますが……なぜ彼女なのです?たった一度……いえ、二度でしたか。何れにしても、たったそれだけで何故……と率直に思うのですが」
「そうだな、俺自身も驚いてるのだから、そう思うのは当然だろう。……『一目惚れ』と言うのは、まさにこういう感情を言うのだろうな」
それを聞いたフレイは益々驚きをあらわにする。
もともと後宮の件について王は乗り気ではなかった。
それは彼の生い立ちに原因があることは分かってはいたが……臣下としては心を鬼にして進言しなければならない事だった。
それが今回エステルと出会ってから、どういう心境の変化なのか積極的に後宮審査会の件に関わるようになり、自ら審査内容に口出しをするほどとなっていたのだが……
まさかそんな事になっていようとは、フレイは夢にも思っていなかった。
しかし、彼はこれだけは言わなければならない。
「陛下のお気持ちは分かりました。ですが、やはり彼女を騙すような真似をしてまで後宮に入れる事はあってはなりません。少なくとも彼女の同意は必要です」
「……あぁ、分かってる。少し暴走してしまったのも反省してる。だが…………いや、お前の言う通りだな。審査会が終わったら正直に彼の女に告げよう。しかし、彼女を口説く事は許してくれ」
フレイの正論に王は素直に己の否を認め、だが一縷の望みを託してそんな事を言った。
「……分かりました。それでしたら、私から言う事は何もありません」
フレイに思うところが無い訳ではないが、せっかく王が妃を娶る気になったのに、それに水を差すような真似をする事はなかった。
二人がその話をしてしばらく立ってから、執務室のドアがノックされ、新たな人物がやって来る。
「失礼します陛下。…………何かあったんですか?やけに空気が重いんですけど……」
「ディセフか。何でもない……どうしたんだ?今は騎士登用試験の真っ最中ではないか?お前、責任者だろ」
新たに部屋に入ってきたディセフにそう返して、王は来室の目的を聞く。
ディセフは王が今言った通り、本日の騎士登用試験の責任者である。
現在は最後の試験として受験生同士の模擬戦が行われているところだ。
「別に私がいなくても問題ないですよ。それよりも陛下。あのエステルって娘の連れがこれから模擬戦やるんですけど、見に来ませんか?」
「あぁ……確かクレイ、と言ったか。エステル程ではないが、相当な力を持っていそうに見えたな。この間はゴロツキ相手だったし……確かに一度は見ておきたい」
「……ディセフ。私の目の前で堂々と陛下をサボらせようとしないで下さい」
ディセフの誘いに王は興味を示し、フレイはまたしても苦言を呈さずにはいられなかった。
「別に良いじゃないか。王として将来有望な騎士の力を見ておくのも悪いことじゃないだろ?」
ディセフの言いように反論しようと思ったフレイであったが、横目で王を見れば興味を示して既に机の上を片付け始めていた。
「……はぁ〜」
こうなればもはや無駄だろうと思い、苦労性のフレイは今日もまた盛大なため息をつくのであった……




