消えた少女
エステルがドレスに着替えてダンスを踊っていた頃……
王国騎士団本部では、登用試験の筆記試験が終了し、面接も終えて実技試験に移るところだった。
なお、面接試験は受験者の人となりを見ながら、危険な思想を持つ者、人格破綻者などを篩にかける目的で行われる。
簡単な質疑応答のみなのでそれほど時間はかからなかった。
そして実技試験である。
騎士登用試験はここからが本番……と言っても過言ではないだろう。
当然のことながら、ここに集まった者たちは何れも自らの武勇を誇る者たちばかりだ。
これから激しい戦いが繰り広げられるに違いない。
「よし、騎士志望者は集まれ!!!」
騎士団本部の建物から再び野外の演習場へ集まる若者たち。
誰も彼もいよいよこの時が来た……と、やる気と自信に満ち溢れた表情である。
だが、この中から騎士に選ばれるのはほんの一握り。
与えられたチャンスを活かして掴み取るために必要なのは、自らの力と技……あるいは時の運だ。
「これからお前達には互いに模擬戦をしてもらう。こちらで予め組み合わせは決めてあるので、呼ばれたものは前に出ろ」
その説明の間、他の騎士が立て看板のようなものに対戦表が書かれている紙を貼り付けていた。
「組み合わせはここに載っているので、予め確認しておくといい。準備運動もしておけよ。それから……」
ルールや細々とした注意事項が説明される。
武器は安全面に配慮して、騎士団が用意した木製のものを使う。
ごくありふれたショートソードから大人の背丈ほどもある大剣、槍や斧などもある。
自身の得意武器に合わせて自由に選択が可能だ。
中には弓を得意とする者もいるらしいが、彼らは受験の申込時にその旨を申請しており、模擬戦ではなく別の場所でその腕前を披露することになるらしい。
「よし。では早速開始するぞ。先ず最初の対戦は……」
こうして、登用試験の最後にしてメインとなる試験が開始されたわけだが……
(……やっぱりアイツ、いないじゃないか!!どこへ行ったんだ!?)
クレイは辺りを見回して、受験者の中からエステルの姿を探そうとするが、一向に見当たらない。
(筆記試験からずっと姿が見えないから、ずっとおかしいと思っていたんだが……いったいどういう事なんだ?)
いくらエステルがトラブルメーカーだからと言っても、試験中にいなくなるなんて事は全くの想定外だ。
まさか今頃は豪華なドレスに着替えて、ご令嬢たちに混ざってダンスの腕前を競っているなど……いったい誰が想像できようか?
(……考えても分かるものじゃない。試験官の騎士なら何か事情を知ってるはずだ。聞いてみよう)
もっと早くそうしていれば良かった……などと思ってももはや後の祭り。
今はとにかく情報を集めなければならない。
そう思ったクレイは近くにいた騎士の一人に話しかける。
「あの……すみません」
「ん?どうした?君は確か……」
「あ、私はクレイと申します。その、ちょっとお聞きしたいのですが……私と一緒にここに来たはずのエステルという者の姿が見えないんですが、何かご存知ではないでしょうか?」
「ああ……君はあの女の子の連れか」
「ご存知なんですか!?」
やはり騎士たちは事情を知っているらしい。
「……彼女なら、ここではなく別の場所で試験を受けているとのことだ」
そう、騎士は答えたが……
どこか歯切れが悪そうなその態度に違和感を覚えたクレイは、なおも詰め寄って問いただす。
「別の場所?いったいどういう事なんですか!?」
「い、いや……私も詳しい事情はよく知らないんだ。ただ、上からの通達でそうなってる……としか」
クレイの剣幕に騎士はしどろもどろになりながら答えるが、それは要領を得ないものだった。
(……上からの通達?あ……確か、受験の申請書類には家族構成なんかも書いていたな……。もしかして、師匠の事が伝わって、それで……?)
クレイのその推論はなかなか的を射たものだったが……
まさか、エステルが後宮に入るための審査を受けている……などという結論に至らないのは、仕方のないことだろう。




