主なき後宮
アランに案内されて王城見学をするエステル。
中央庭園を後にした二人は、更に城の奥に進むが……
「さて、ここからは一般人は入ることが出来ない場所だな」
「え?入っていいんですか?」
「ああ、大丈夫だ」
アランは特に気にした風もなく、庭園から奥へと続く廊下を目指して歩いて行く。
当然ながら行く先には見張りの衛兵が、一般人がこれ以上入ってこないように監視の目を光らせていた。
しかし、アランは歩みを止めず堂々としたものだ。
二人が近付くと、衛兵は静止させるべく動こうとしたが……アランの顔を確認すると再び定位置に戻って不動の体勢になった。
「ご苦労」
「「はっ!!」」
アランが軽く手を上げて労いの言葉をかけると衛兵たちは、さっ……と敬礼する。
「こんにちは〜!!」
エステルが元気な挨拶をすると、少し驚いた表情になったが、無言を貫いてそのままの姿勢で二人が奥へと進むのを見届けるのだった。
「えっと……アランさんって、もしかして偉い人なんですか?」
「ん…………まぁ、気にするな」
問われて彼は少し口籠って答えを濁す。
素直なエステルは、「気にするな」と言われて、その言葉通りに気にしないことにした。
エステル・ブレーンの思考回路は至ってシンプルなのである。
さて、先程までは多くの一般人、観光客が周りにいたが、いま歩いている城内の廊下は閑散としたものだ。
ときおり城の使用人らしき人とすれ違うが、誰も彼もアランを見ると邪魔ならないように脇に避けて、頭を下げて二人が通り過ぎるまでその場で待機するのだった。
そんな光景を見てもエステルはもう気にしないで、キョロキョロと物珍しそうに城内の調度品などを眺めながら歩く。
……素直すぎる娘である。
そうやって暫く廊下を歩いていると、やがて二人は城の裏手から外に出て、先程の庭園と比べて倍ほどに広い美しい庭園にやって来た。
「うわぁ……さっきよりも凄く広い!!お城の中にこんなに広い場所があるんですね!ここは何なのですか?」
「ここは後宮だ。今は使われていないから、誰もいないが……手入れはされているから中々見応えがあるだろう?」
アランが案内してきたのは、王城の最も奥まった場所にある後宮であった。
先程の中央庭園とは異なる色鮮やかな花々が咲き誇り、中央部分には清らかな水を称える大きな池が。
その周囲には後宮に住まう女性たちが語らうであろう四阿が設けられ、散策しながら花々を楽しむ為の小径が整備されていた。
更に奥には……精緻で美しい彫刻に彩られた宮殿が、森の中に佇んでいた。
「後宮……って何ですか?」
エステルは聞き慣れない単語を聞いて、頭に疑問符を浮かべる。
これに関しては彼女が無知と言う訳では無い。
後宮の存在を知っている一般市民はそう多くはないだろう。
「そうだな……簡単に言うと、王の妃や側室が住む宮殿、だ」
「お妃様は分かるんですけど……側室?」
純朴な少女であるエステルは、一人の男が複数の女性を囲うことが想像できない。
一般市民は一夫一婦であるし、シモン村の夫婦たちも当然そうだ。
側室、という言葉自体をエステルは知らない。
「王の血筋を絶やさないために…………あ〜、まぁ気にするな」
アランは説明をしようとしたが、その途中で顔をしかめて、結局は誤魔化す事にした。
そして、「気にするな」と言われたのでエステルはそれ以上気にしなかった。
おそらく城から帰る頃には綺麗サッパリ忘れているだろう。
「でも、今は誰も住んでないんですか?こんなにキレイなのに……勿体ないなぁ」
「そうだな……こんな贅沢をするぐらいなら、もっと民のために出来ることがあると思うのだがな……」
エステルの感想に同意して、彼は苦虫を噛み潰したように呟きを漏らした。
「まぁ、近々ここにも人が住まうことになる。無駄には違いないと思うが、その役割は果たすことになるだろう」
「あ、そうなんですね!良かったです!!」
心の底から良かった、と言った感じのエステルの言葉にアランは苦笑するが、どこかほっとしたような表情だった。
しかし、アランはなぜこんなところにエステルを連れてきたのか?
単なる気まぐれのようにも思えるが……果たして、その真意はいかに。