庭園
「そう言えば、アランさんはお城に詳しいんですか?」
今更な質問である。
そうでなければ案内するなどと言わないだろう。
だが、アランはそんなエステルのちょっと抜けた質問に、呆れることもなく答える。
「まぁ、それなりにな。一般人よりは知ってると思うぞ」
「へぇ~……じゃあ、王様に会ったこともあるんですか?」
その何気ないエステルの質問に、アランはピクッ……となって、一瞬だけ反応が遅れる。
「……いや、国王陛下には会ったことは無いな」
「そっか~……王様って、強いんでしょう?私、お会いしたいんですよね~。出来れば手合わせなんかも!」
「ははは!!国王陛下と手合わせか!!そいつはいいな……!!」
彼女の無邪気な発言に、アランは可笑しそうに笑うが、それは馬鹿にしたような雰囲気ではなく、どこか嬉しそうなものだった。
エステルもその雰囲気を察して、何だか自分も嬉しくなる。
「えへへ~……でも、流石に難しいですよね」
流石のエステルも、一国の王と手合わせすることが難しいのは理解しているようだ。
……意外なことに。
「さあ、どうだろうな……案外、願いが叶うかもしれないぞ?」
「ホントですか!?」
「はは、約束は出来ないがな。まぁ、勘というやつだ。……ああ、ほら見てみろ。中央庭園だ。ここまでは一般人も入ることが出来るな」
まずアランが案内したのは、王城入り口から真っ直ぐ進んで突き当りにある、城内中央部の屋内庭園だった。
彼が今説明した通り、ここまでは一般人も自由に立ち入ることができた。
もともとは玄関ホールから先は立入禁止だったのだが、現国王になってから市民に開放されたのである。
「うわぁ……キレイな花がたくさん!!」
女子力皆無のエステルではあるが、キレイな花は好きである。
「それに美味しそう!!」
……いや、やはり花より団子のようであった。
「美味しそう……?」
庭園の花々を見て「美味しそう」などと評したエステルに彼は訝しげな顔となる。
「ほら、あれってプリュケスの実じゃないですか!!甘酸っぱくて美味しんですよ~!私、大好きなんです!」
彼女が指差す先を見ると、なるほど……確かに幾つもの赤い実がなっている木があった。
「ふむ……この実は食べられるのか?」
二人はその木に近づいて、丁度剪定作業を行っていた庭師にアランが訪ねた。
話しかけられた年配の庭師は振り向いてアランの顔を見ると……
「ででで……いや、へい……」
と、何か言いかけたが、アランがエステルに見えないように口元に指を立て、目配せをする。
それを見た庭師は落ち着きを取り戻し、それを見計らってからアランは再び質問した。
「プリュケスの実というのは美味いのか?」
「へ?……いえいえ、こいつの実には死ぬほどではありやせんが、毒があるんで食用には適さないでさぁ」
「え~……そうなの?……私、シモン村ではよく食べてたけどなぁ……。あ、でも他の子たちは確かにお腹壊してたかも?」
「……もしかしてエステル。君は『女神の加護』を受けているのか?」
「え~と、よく分からないですけど、いやしの奇跡なら使えますよ」
「あぁ、それだな……」
エステルは知らなかったが、女神の加護を受けた聖女は毒に対して強い耐性を持つと言われている。
自らの体内に入った有害な物質を癒しの力で直ぐに分解・無害化してしまうという。
……決してエステル・ストマックが鉄で出来てる訳では無い。
「そっか~、食べられないんだ……」
「実が食べられないのは残念だが……この木は通常より多くの花を咲かせるんだ。それは見事なものだぞ。確か、もうそろそろ咲く頃だったよな?」
心底残念そうなエステルをフォローするようにアランが言う。
……と言うかこの娘、王城庭園のものを食べるつもりだったのだろうか?
「そうですなぁ……しかし、最近は肌寒い日が続いたので、もう暫くは先になるでしょう」
プリュケスの木は花が咲いてから実が熟すまで、一年近く時間がかかる。
そのため、順番が逆転して……実がなってから花が咲くように見えるのだ。
「ふむ。どうだ、エステル?花が咲いたら、また見に来ないか?」
そんなふうに、さり気なくアランは彼女を誘う。
一見して何の含みも無いように思えるが……
「あ、そんなに凄い花が咲くなら見てみたいです!!」
エステルは特に深く考えずに返すのだった。
彼女は預かり知らぬ事だったが、王城庭園のプリュケスの木は特別な意味を持つ。
アランはそれを知っているが、この時は特別何かを意識したわけではなく、何となく口にしたに過ぎない。
そして、エステルがその意味を知るのは、もう少し先の話である。