墓前にて
早朝の柔らかな陽の光が降り注ぐ墓地にて。
王都に在りながら、その喧騒からは切り離され静謐な空気に満ちている。
ひんやりとした朝露が下草を濡らし、濃い緑の匂いが立ち込める中……エステルと両親は、ある墓石の前に立っていた。
「ここが私の両親と姉……あなたのお祖父ちゃん、お祖母ちゃん、伯母さんのお墓よ」
「お母さんの……私たちの家族のお墓なんだね」
母の説明にエステルは少し寂しそうに呟いた。
これまで何となく聞き辛かった、両親が王都で暮らしていたころの話。
母の家族のことも詳しいことは何も聞かされてなかったが、今回こうして初めて墓参りする事になったのだ。
その道すがら、エドナは姪に語ったのと同じように、娘に昔の自分のことを聞かせた。
ありのままの出来事を娘に話すのは怖くもあったが……彼女の話を聞いたエステルは、「えぐっ……えぐっ……おがあざん……がんばったんだねぇ……ずびっ……」と、むしろエドナの方が引くほど、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら同情してくれたのだった。
「……はじめまして。お母さんの娘のエステルです。色々あったって聞いたけど……今は家族みんな元気で幸せです。だから安心してください」
墓石の前で膝を付いて手を組み、エステルは語りかけた。
その言葉を聞いたエドナは静かに涙する。
それから娘と同じように膝をついて、大好きだった家族たちと心の中で語らう。
(お父さん、お母さん、姉さん…………今まで来れなくてごめんなさい。いまエステルが言った通り、私は元気よ。どう?私の娘は?ちょっとおバカなところがあるけど、とても強くて優しい自慢の子なのよ。あと下に二人、妹と弟がいるのだけど……まだ小さいから、もう少ししてから連れてくるわ。楽しみにしててね)
ふと、エドナは背中に何かが触れるのを感じた。
それが、愛する夫と娘の温かな手である事に気付き、彼女は柔らかな笑みを浮かべる。
そして今ここにある幸せを噛み締めながら……
「……ありがとう」
と、小さく呟いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
エステルたち三人は、ひとしきり墓前での祈りを終え……その余韻に浸り名残を惜しみつつも、そろそろその場に別れを告げようとした時。
彼女たちは誰かが近づいてくる気配を感じた。
そちらの方に振り返ると……
「……!」
「久しぶりね、エドナ。元気そうで嬉しいわ」
驚き目を見開いたエドナに声をかけたのは、大神官ミラであった。
彼女はその言葉通り本当に嬉しそうで、感慨深げな表情だ。
そして彼女だけでなく、隣にはもう一人の同行者が。
「あれ?レジーナさん……?」
「ご機嫌よう、エステルさん。それに、叔父様と叔母様も……昨日ぶりです」
なぜ彼女がここにいるのか分からずキョトンとしたエステルに挨拶し、エドナとジスタルに笑みを向ける。
「ミラ母さん……それに、レジーナも。このあと神殿に行こうと思っていたんだけど……ここで会えるとは思ってなかったわ」
そう言ってからエドナはミラに近づいて……涙を溢れさせながら抱きついた。
「母さん……ごめんなさい……」
「あらあら……娘さんが見ているわよ?」
ミラはそう言いながら、子供をあやすようにエドナの頭を撫でながら抱きしめる。
彼女の瞳からも……光るものが流れ落ちた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「えっ!?レジーナさんって、私の従姉妹だったの!?」
その事実を初めて聞かされたエステルが驚きの声を上げた。
エドナとミラが感動の再会を果たしたあとのこと。
もともと墓参りをしたあとは神殿を訪ねる予定だった親子たちだったが、尋ね人の方から来てくれたためその場で話を続けている。
念話で話していただけだったエステルとミラが初対面の挨拶を交わし、そして……なぜレジーナがこの場にやってきたのか?というエステルの疑問に答えたのであった。
「私も驚きましたわ。後宮で私たちが出会ったのも……女神様のお導きだったのかもしれませんね」
「そうかも!」
それほど信心深かったわけでもないエステルだが、実際に女神らしき存在に触れたことで敬虔な気持ちになったのかもしれない。
「しかし、私の従姉妹と言うからには……後宮に相応しい、どこに出しても恥ずかしくない淑女となって頂かねば!」
「ひゃっ!?」
そう言いながら詰め寄ってくるレジーナに、エステルは珍しくタジタジになる。
そしてそんな二人の様子に、かつての姉妹の姿を重ねながら大人たちは嬉しそうに優しく見守っていたが……ふと、エドナは顔を曇らせてミラに小声で問う。
「母さん、レジーナを後宮に入れたのは……」
まさか義母が……と思い言葉を濁しつつも問いかける。
今となっては大神官の地位にまで上り詰めたミラが、王権との結びつきの為にそうさせたのでは無いか……という疑問が生じたのだ。
その問いに対して彼女は苦笑しながら答える。
「私がそうしろと言ったわけではないわよ。リアーナの娘にそんな事言えるわけないでしょう。でも……彼女が自らの意思で決めたことを否定するつもりもないわ。もう子供ではないのだから」
「そう……うちの娘は、まだまだ子供だけどね」
そう言って、今度はエドナが苦笑するのだった。
「それにしても…………あの子が騎士を目指すなんて言い出さなければ、ここで母さんやレジーナと会うこともなかったのよね……」
「あら?もうずっと会いに来ないつもりだったの?」
「そうじゃないけど。何れは帰るとしても下の子たちはまだ小さいし、もっと先になる……って思ってたのよ」
エステルが王都に行く事になったとき、それが頭に浮かんだ。
しかし、エステルがなにやらトラブルに巻き込まれてると知って、急遽エレナとジークの面倒をクレイの母に頼んで王都行きを決めたのである。
結局のところ、今このタイミングで色々な過去の想いに決着をつけられたのは良かった……と、エドナは思った。
「前に誰かが言っていた事を思い出したわ。エステルは自分でトラブルを起こすこともあれば、巻き込まれることもあるけど……何だかんだで、最後の最後は全て丸く収まる……ってね」
ひたすら前向きで明るい彼女だからこそ良い結果を引き寄せるのだろうか。
手のかかり心配させられる事も多いけど、その明るさで周りの人たちに元気を与えてくれる……そんな娘を、エドナは誇りに思うのだった。