剣聖の娘は竜殺しを成し遂げる
『グルァーーーッッ!!!』
竜が怒りの咆哮を上げる。
たかが人間ごときに、天から地に叩き落された。
たかが人間ごときに、地上最強種族が一瞬でも恐れを抱いた。
そのあり得ない事実に、竜は怒り狂う。
それは人間にとって天災に等しいものだ。
力ある竜が怒りに任せて荒れ狂えば、力なき人間たちなど成すすべもなく蹂躙される……はずだった。
しかし、その場にいる誰もが希望を失っていなかった。
彼らの表情は、無謀な戦いに挑む者のそれではない。
竜の吐息が放たれたとき、皆が一度は死を覚悟した。
しかし今は、むしろ勝利を確信している。
なぜならば……彼らは希望の光を目の当たりにしていたから。
「はぁーーーっっ!!!」
竜を地上に引きずり落とした張本人……女神によって持てる力の全てを解放されたエステルが、黄金のオーラを纏いながら竜に肉薄する。
そして巨大な竜の背を軽々と跳び超え、渾身の一太刀を浴びせた。
『グガァーーッッ!!??』
彼女の斬撃はやすやすと硬い鱗を切り裂いて血飛沫が舞い、竜は苦痛の叫びを上げた。
まだ致命傷を与えたとは言い難いものの、初めてまともなダメージが入ったのである。
「通った……!!竜の意識を少しでも散らせ!!エステルが攻撃に集中できるようにフォローしろ!!」
アルドの指示が下され、戦闘陣形が変わる。
アルド、クレイ、ディラック、ジスタル、バルドらは竜の周りを取り囲み、少しでも竜の意識を分散させるように立ち回る。
他の騎士たちは、王城や神殿から駆けつけた者たちも含めて弓や魔法による遠距離攻撃を始める。
竜にとって、それらは針で刺される程度のものだったが……間断なく浴びせ続けられれば、最も危険な人物一人だけに意識を向け続けることも出来ない。
こうして完全に竜包囲網が敷かれ、エステルの攻撃を中心に少しずつダメージを与えていく。
しかし事態は好転したものの、竜の脅威は変わらず油断できる状況ではない。
実際、エステルは早期決着をつけるべく首の切断を狙っているが、敵も流石にそうやすやすとそれはさせてくれなかった。
その一方で、竜は鬱陶しく纏わりつく人間たちによって注意力を分散させられながらも、何とかエステルを止めようとしていた。
だが、脚で踏み潰そうとしても躱され、鋭い爪で切り裂こうとしても大剣に弾かれ……逆に反撃によるダメージがじわじわと蓄積していく。
『グォーーーッッッ!!!』
ついに焦れた竜は、身体を大きく捻りながら尻尾で他の人間もろともエステルを薙ぎ払おうとするが……
「はぁーーっっ!!!」
彼女が裂帛の気合をもって闘気を纏った大剣を迫りくる竜尾に向かって一閃させると、大木ほどの太さがあるそれを切り落としてしまった。
しかし竜は苦悶の叫びを上げることもなく、攻撃直後のエステルに頭を向けた。
どうやら尾の攻撃は彼女に隙を作るための囮だったらしく、大きく開かれた顎に光が集まる。
威力よりも速度優先でブレスを放とうとしているのだ。
ほんの一瞬でチャージを終え、今まさに光が溢れ出そうとしたその時……
「させるかよっ!!オラァッッ!!!」
エステルを狙って頭を下げていたところに向かって、横合いから飛び出したディラックが豪快に蹴り上げた。
それによってブレスの射線が大きく外れ、天に向かって一筋の光が昇っていった。
「エステル!!」
「今だ!!」
「やれっ!!」
アルド、クレイ、ジスタルの叫びが重なった。
「うんっ!!いくよっ!!ゴールデンエステル・屠殺竜斬剣っ!!」
逆に大きな隙が生じた竜に向かって、エステルは酷い技名を叫びながら大剣を振り下ろした。
初撃では堅牢な鱗に阻まれたが、今の潜在能力が極限まで解放された彼女の一撃はやすやすと鱗を切り裂き、それよりも更に硬い骨をも断ち切って……
ついには竜の首を完全に斬り落としてしまった。
そして竜の身体は力を失い、大きな地響きをたてて地面に倒れる。
強大な敵がついに倒れ、命がけの死闘に幕が降りた。
しかしその場の誰もが直ぐにはそれを実感できず、しばし静寂が落ちる。
ただ一人、竜殺しを成した当人は倒れた竜に歩み寄り……奪った生命を悼むように目を閉じる。
そして。
「キミの生命は無駄にしないよ。ちゃんと美味しく頂くから。……私たちの勝ちだよ!!」
その生命を糧とすることに感謝しながら、エステルは大剣を高々と空に掲げ勝利を宣言するのだった。




