集う強者たち
聖域の森の一画に突如として現れた巨大なドラゴン。
それは王都の住民たちも目撃し、当然パニックになりかける。
しかし騎士団は即座に行動を開始。
非番の者も駆り出して住民の避難誘導と外壁の護りを強化すべく総動員態勢となっていた。
もともと裏組織壊滅作戦のため多くの騎士や兵士たちが臨戦待機していたのは、不幸中の幸いと言えるだろうか。
そして、その陣頭指揮に当たっていたのは、王の懐刀と言われている近衛騎士ディセフである。
彼は次々に来る報告を受け、迅速に判断を下して各方面に指示を飛ばしていたが……
「陛下はまだお戻りになられないか!?」
「たった今伝令がありました!!陛下は御自らドラゴンとの戦闘の指揮をとられていると!!」
「マジか……団長もいないし、俺がこっちの指揮をとらなきゃじゃねえか」
もともと王や騎士団長が不在の間だけ、彼らの代行として指揮権を預かっているのがディセフである。
アルドが戻ってくれば全軍の指揮権を彼に返し、代わりに自分が現場指揮に当たるつもりだった。
王が最も危険な前線で戦うなど、本来ありえることではない。
もともと裏組織壊滅作戦にアルドが直接出張るのも許容しがたかったのであるが、エステルを潜入させる代わりに……と言って聞かなかったのである。
もっとも……そうでなくてもアルドが自ら前に出ようとするのは常のことであるし、そういう主君だからこそディセフも敬愛してるわけだが。
「あれ程の敵を相手にするなら、確かに最強の駒をぶつけるべきだとは思うが……」
アルドだけでなく、エステルやクレイなど……今最前線にいるはずのメンバーは、現在王都に居る中では恐らく最強の布陣であるとは彼も思っている。
それでも、あれほどの敵を相手にするのは荷が勝ちすぎるだろう……とも。
「せめて、あともう何人かいてくれればな……」
騎士団長のディラックや、それに準ずる力を持つ者があともう少し戦闘に加わってくれなければ……と、自分も前線に向かいたいという気持ちを何とか抑えながら、彼は思わずにはいられない。
だが、与り知らぬところでディセフの願い通りに力が集結しつつあることを、彼はまだ知る由もなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アルド率いる部隊はついにドラゴンの元へ辿り着く。
そして、王都と民を守るために決死の覚悟で戦いを挑もうとする彼らの前に、予想外の光景が広がっていた。
「アルド陛下!!あれを!!」
「もう誰か戦ってるのか!?あれは……ディラックか!!」
既に十数人規模の小隊が戦闘を始めており、その中で先頭に立って猛然と剣を振るっていたのは、騎士団長のディラックだった。
「ディラック!!!俺たちも加勢するぞ!!!」
「陛下!!?……頼んます!!」
なぜ遠征中のディラックがここにいるのか?
そんな疑問は頭の隅に追いやって、今はただ彼らと共に戦うのが先決である……と、アルドは配下の騎士たちを鼓舞して自ら前に出ていく。
そしてディラックも、そのうち王城から本隊が来るだろうとは思っていたが、想定よりも早く……それも王自ら前線に赴いてきた事に驚きをあらわにする。
しかしそれも一瞬のことで、自分と同等以上の力を持つ者の参戦を歓迎した。
巨大な竜を前に、人間たちはあまりにも矮小な存在だ。
いかにアルドやディラックが人間を超越した実力を持っていても、それは厳然たる事実である。
実際に騎士たちは敢然と立ち向かうも、その巨体を前にして攻めあぐねていた。
そもそも、攻撃が届くのが足元だけなので有効な打撃を与えられないのである。
唯一ディラックのみがダメージを与えていたが、それとて微々たるものだった。
アルドやエステル、クレイが加わる事で少しはまともになるだろうか?
その一方で、竜は自分に纏わりついてくる人間たちの執拗な攻撃に煩わしそうにしている。
まるで羽虫を追い払うように身体を揺らし、四肢や尾を振る……しかし、たったそれだけで人間にとっては恐るべき攻撃として襲いかかるのだ。
先に戦っていたディラックの部隊のうち何人かは、それによって叩き飛ばされ地面に倒れていた。
幸い呼吸はしているようだが戦闘復帰は無理だろう。
……と言ったように、一見してその戦いは無謀であるように思われた。
そんな中、その場には似つかわしくない可憐な少女……エステルが、彼女の細腕で持てるとは思えないような大剣を手に戦場を駆け抜ける。
竜の尾が行く手を阻むように薙ぎ払われるが、彼女はそれを跳んで躱し……
なんと、そのまま尾に着地して竜の巨大な身体を駆け上っていくではないか。
彼女は背中まで登ると、大剣を大きく振りかぶりながら大きく跳躍する。
そして……
「はぁーーーーっっ!!!」
裂帛の気合いで振り下ろされた大剣が竜の長く太い首に叩き込まれる。
ガァンッッ!!!
『グオォーーーッッ!!!』
およそ生物から発せられたとは思えないような衝撃音と、竜の咆哮が響き渡る。
初めてまともにダメージが入ったと思われたが……しかし竜の首には僅かに傷が入っただけだった。
「くぅ〜!かったぁ〜いっ!!」
あまりの竜鱗の硬さに手が痺れ、思わず涙目になるエステル。
彼女は一撃必殺を狙って首を斬り落とそうとしたのだが、想像以上の防御力だったようだ。
「エステル!!背中側の鱗は防御力が高い!!狙うならそれ以外だ!!」
「分かった!!……美味しいお肉のために頑張る!!」
「いい加減切り替えろ!?」
緊迫した戦いにも関わらず、エステルとクレイのやり取りは普段とあまり変わらなかった。
「陛下、あの嬢ちゃんたちは!?」
少女が果敢に竜に挑んでダメージを与えたことに驚き、ディラックは思わず攻撃の手を止めてアルドに問う。
「剣聖の娘、エステルだ!俺と同等クラスの強さがあるぞ!あのクレイと言う少年もだ!」
「師匠の!?……そうか、こいつぁ下手な仕事はできねぇな!!」
まだディラックが見習い騎士だった頃にその強さに憧れ、師匠と呼んでいた剣聖ジスタル……その娘と聞いて、彼のやる気は最高潮となる。
エステル、アルド、ディラック、クレイ……今この場に集った人間最強クラスの強者は四人。
しかし、依然として戦いは厳しい状況であった。




