最後の罠
古代の劇場跡地での戦闘後。
拘束された者たちに縄を打ち、これから撤収しようとしていた矢先のことである。
「……うっ!!?」
他の者たちと同様に縛られていたアロンが、突然うめき声を上げ膝をついた。
「どうした?傷が痛むのか?」
縄を手にして彼を連行しようとしていた騎士が立ち止まって声をかけた。
アロンはエステルの力で一命は取り留めたものの、完全には回復していない。
なので身体のどこかが痛むのだろう……と思われたのだが。
彼はそのまま地面に蹲って頭を激しく振りだした。
その様子は、痛みに耐えているものとはとても思えない。
「どうした?さっきみたいに、また何か……」
様子がおかしいことに気付いたアルドがやって来る。
そして、先ほどアロンが意識を取り戻したあと、モーゼスの名を聞いた時のことを思い出した。
アルドがアロンに声をかけようとすると、それよりも前に彼は顔を上げて叫びだした。
「早くここから……いや、王都から逃げろ!!あの方の…………違うっ!!やつの仕掛けがもうすぐ発動してしまう!!」
「「「!!?」」」
アロンのあまりの剣幕にアルドや周りの騎士たちは圧倒され、彼が何を言っているのか即座には理解できなかった。
しかしアルドはすぐに気を取り直して聞き返す。
「いったいどういう事だ?『やつ』とは?『仕掛け』とは何だ?」
アロンの様子から、ただ事ではない何かが起きると言うことは理解したものの、その言葉だけではどうすれば良いのか判断できない。
アルドはさらに詳しい話を聞き出そうとしたのだが……
「急げ…………これ以上罪を重ねぬよう………頼む……」
そう言い残してアロンは気を失ってしまった。
「お、おい!!……王都から逃げろ、だと?いったい、何が起きるというんだ?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ディラック率いる小隊は、もう王都の目前まで迫っていた。
これまで無理をさせて飛ばしてきた馬はもう限界で、いつ倒れてしまってもおかしくはないが、もう一踏ん張りすればお役御免となるだろう。
しかし……
「ディラック様!!?そっちは……!!」
ディラックの馬が街道から外れて脇道に入ろうとするのを見て、部下の騎士が驚いて彼に声をかける。
「そっちは『聖域の森』ですよ!?勝手に入ったら……」
「構わん!!責任は俺が取るから黙ってついて来い!!」
ディラックはその先が神殿の管理下であることを承知の上で強行しようとしているのだ。
それを聞いた部下たちも、彼からそう言われれば覚悟を決めて付き従う。
「それも『勘』ですか!?」
「『勘』だ!!」
あくまでも彼は勘だと言うが……もはやそれは彼の中では確信に至っている。
そして、彼の確信が正しかったことは直ぐに証明される。
「……!?な、何だ……あれは……」
「ディラック様!!あ、あれを……!!」
何人かの騎士がそれに気付いて進む先の空を指し示して言う。
ディラックがそちらに視線を向け、そこに見たものは……
「……そうか。アレがここまで持ち込まれていたというわけか」
自分の直感が告げていたものと、自分たちが任務で追っていたものの正体が、彼の中で繋がった瞬間である。
「お前たち!!あれを王都に向かわせてはならなん!!民を守るのが騎士の務め!!!覚悟を決めろ!!!!」
「「「お、応っ!!!」」」
ディラックが鼓舞し、騎士たちは怯みそうになりながらも何とか応える。
そして彼らは、これが最後だとばかりに馬を加速させる。
その向かう先には……巨大な何かが姿を現そうとしていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結局、国王やエステルに会うことができなかったジスタルとエドナは、レジーナと別れたあと外壁近くにある宿に戻っていた。
長旅の疲れ……というほど疲れてはないが、特にやることもなく客室で寛いでいた二人は、なにやら外が騒がしいことに気付く。
王都は常に賑やかではあるが、普段のそれとは別の……ともすれば不穏な空気を感じて窓の外を見る。
すると、彼らが見たのは……
「おいおいおい…………ここ、王都だよな?」
「まあ……私たちがこの街を出ていってから、あんなものが出るようになったのね」
「いやいや、んなわけないだろ。どう見たって異常事態だ」
妻に突っ込みを入れつつ、ジスタルは目を凝らして外壁の外に現れたそれを観察する。
まだ距離は離れているようだが……
いや、遠くに見えるからこそ、その巨大さはよりいっそう際立っていた。
「ドラゴン……ありゃあ、辺境に出るやつよりデカいぞ。上位竜……いや、下手すると古竜かもしれん。騎士団の手には余るだろ、あれは。……仕方ない、行ってくるか」
いかに精鋭と名高いエルネア騎士団と言えど、あれほどの巨大な竜の相手は流石に厳しすぎる。
自分でもどれほど力になれるのかは分からないが、放っておくことも出来ない……と、ジスタルは加勢することを決めた。
そして、エドナも……
「私も行くわ。聖女の力が必要でしょ?」
激しい戦闘になるのは間違いない。
そうであれば、『癒しの奇跡』を持つ聖女の存在は非常に頼りになるだろう。
それがよく分かってるので、ジスタルは不本意ながら妻の同行を承知した。
「……無理はするなよ」
「ええ。それにしても…………あれだけ大きいと、お肉もたっぷり取れそうよね?分けてもらえるかしら?」
「……倒せればな」
この母にしてあの娘あり……と、ジスタルは思った。




