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因縁



 前大神官ミゲル……かつての『事件』の首謀者。

 女神より祝福を賜った聖なる乙女たちを、自らの欲望のため売り渡した……神をも恐れぬ大罪人だ。

 その悪事は聖女エドナによって白日のもとに晒され、彼は裁きを受けてエルネア王国を追放された……はずだった。




「……よく、ここが分かったな?」


 ミゲルは、いま目の前に対峙するモーゼスに疑問を投げかける。

 誰にも知られず、誰の目にも触れずに王都を脱出できたはず……と、彼は不思議に思った。

 モーゼスの様子を見れば、それは偶然などではなく確信を持って待ち伏せしていたであろう事も分かったのだが……そうするに至った根拠までは分からなかったのである。



「想定していたよりも早くオークションが始まる……騎士団本部でそう聞いたとき、おそらくそれは陽動だと思いました。黒幕……あなたが脱出するためのね」


 モーゼスがそう答えるとミゲルはピクリと眉を動かすが、それ以上の反応は示さない。

 しかし現実に彼は今この場所にいるのであるから、その推察は正しかったと言うことだ。

 そして更にモーゼスは続ける。


「騎士団の捜査の手が及ぼうとしている事も事前に察知したのでしょう?あなたの事だから、いずれはそうなるだろう事は最初から想定していたはず。そしてその時が来れば……組織とオークションの客を丸ごと囮にして逃げの一手を打つつもりだった。違いますか?」


「……その通りだ」


 今度は、モーゼスの推測を肯定するミゲル。

 そして今度は逆に聞き返す。



「だが、それで何故お前は私に剣を向ける?拾って育ててやった恩を仇で返すというのか?」


「……」


「誰にも告げずに一人でやって来たのは……まだ情が捨てきれないのだろう?さぁ、今からでも遅くない。その剣を捨て、私のもとに戻ってこい。そして『また共に暮らそう、息子よ』」


(!……今のは……魔法?まさか……!)


 岩陰に隠れて二人の会話を聞いていたレジーナ。

 彼女はミゲルの最後の言葉に魔力が込められていたことを感じ取った。

 おそらくは精神干渉系だったのではないか……と考えたが、しかし具体的な効果を彼女が知る機会は訪れなかった。



「無駄ですよ。もう、それは私に通用しません」


 事も無げにモーゼスは言う。

 どうやらミゲルが使ったらしき『魔法』は彼には効かなかった様子である。



「……そもそも何故『洗脳』が解けているのだ。私の魔法はそう簡単には解除できぬはず」


 魔法が効かないこと自体にはさして驚く様子もないが、ミゲルにとってはそれが疑問だった。


「エドナの力ですよ。私がたまたま怪我をしたときに、たまたま彼女が『癒しの奇跡』を使ってくれて……その時にあなたが私にかけていた精神干渉も一緒に解けたのです。本来『癒しの奇跡』にはそのような力は無いのですが……その点においても、彼女は規格外だったのでしょう」


「エドナ……あの小娘かっ!!まったく、尽く私の邪魔をしおって……忌々しい!」


 自分が失脚した原因となった聖女の事を思い出し、苦々しい表情でミゲルは吐き捨てるように言った。



「確かにあなたの言う通り、私が一人でここに来たのは情を捨てきれなかったというのもあるかも知れない。しかしそれ以上に……この手で全ての因縁に決着をつけたいと思ったからだ!!」


 最後は情を断ち切るように叫びながら、モーゼスは手にした剣を構えた。

 それを受けてミゲルの護衛たちも前に出て戦闘態勢となる。



「のこのこと一人で来たのは失敗だったな」


「……私を舐めないでもらいたい。かつて神殿騎士団に所属していた時よりも腕は鈍っているが……この程度はどうとでもなる」


 それは強がりなどではなく、モーゼスの言葉には自信がうかがえる。

 エステル程ではないが、彼も相手の力量をある程度推し測る事が出来るらしい。


 そして……



「やれっ!!」


 ミゲルが合図をすると、護衛たちは一斉にモーゼスに襲いかかった。

 護衛たち五人に対して、モーゼスは一人だけ。

 明らかに多勢に無勢と思われたが、彼は臆することなく敵に立ち向かう。


 モーゼスは囲まれるよりも先に敵の一人に肉薄すると、相手の斬撃を躱しざま鳩尾に膝を叩き込む。

 そして苦悶のあまり前屈みになったところ、後頭部を剣の柄頭で痛打して意識を刈り取る。


 続いて二人が左右から挟み込むようにして襲いかかってくるが、それを素早く後退して回避。

 敵がお見合い状態になったところを狙い、頭部を剣腹で続けざまに殴打する。


 瞬く間に三人が戦闘不能に追い込まれ、残りの二人は警戒して足を止めた。



「……ええい!何をしている!!相手はたった一人なんだぞ!!?」


 人数的には未だ優勢ではあるが、ミゲルは焦りのあまり喚き散らす。

 モーゼスがここまで戦える事は、彼にとって予想外だったようだ。



 このまま残る二人も打倒し、残るミゲルを捕縛すれば全て終わり……モーゼスはそう考えた。




 しかし……



「そこまでだ。剣を捨てろ」


 彼の背後から、そんな声がかけられた。

 意表を突かれ慌てて振り向いた彼の目に映ったのは、驚くべき光景だった。



「も、モーゼスさん……ご、ごめんなさい……」


「レジーナ!?」


 全く予想だにしていなかった人物の登場に驚きの声を上げるモーゼス。

 そして岩陰に隠れていたはずのレジーナは、いつのまにか現れた集団の手によって捕らえられていた。

 首筋に短剣を突き付けられ、抵抗すれば……というメッセージを込めて。



 レジーナを捕らえた集団は十数名程で、揃いの装束を纏っていた。

 それは一見して騎士の制服のようにも見えたが、少なくともエルネア騎士団のものではない。


 一人だけ立派な服を着ている男が指揮官だろうか。

 灰色の髪に青い瞳の精悍な顔つき。

 油断ならない雰囲気が漂う。



 そして彼らの姿を見たミゲルは喜色を浮かべる。


「おお、待っておったぞ!良いタイミングだ!」


 どうやら……この場所で人を待っていたのは、ミゲルも同様だったらしい。

 流石のモーゼスもそこまで予想することはできなかった。




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