表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/149

惑う剣、活かす剣



 激しい剣戟の音が鳴り響く。

 戦いの場は古代の劇場跡地。

 異形の者と強者たちの戦いは、生半可な実力では手出しすることができない。

 アルド配下の騎士たちは、まさに観劇の如く結末まで見届けるほかなかった。



 既に自身の限界までギアを引き上げたアルドとクレイは即席ながら息の合った連携で果敢に攻め、竜人をその場に釘付けにしていた。

 しかし敵もさる者、二人の強者を一度に相手にしても互角以上に渡り合っている。


 この状況を打破するためには……その鉄壁ごと打ち砕く一撃が必要だ。

 それは、二人が竜人を足止めしてくれることを信じ絶大な闘気を集中させている聖女騎士に託され……今まさに爆発しようとしていた。




(……よし。準備できたよ!)


 準備中は両手で中段に構えていた大剣を、右手に持ち直して背中の後ろに隠すように振りかぶる。

 そして、左掌を敵に狙いをつけるように前に突き出した。

 溜め込んだ莫大な闘気と魔力を更に体内で圧縮させると、力の波動が辺りの空気を震わせる。


 そして……彼女が準備している間、竜人の足止めをしてくれていたアルドとクレイに向かって叫んだ。



「二人とも!!離れて!!」


「!!任せたぞ!!」


「やれ!!エステル!!」


 エステルの攻撃が回避されないように、最後に一撃ずつ入れてから二人は退避する。



 そして……エステルの切り札が炸裂する!!



「必殺!!エターナルエステルファイナルぶれいくっ!!」


 その場から動かずに振り下ろされた大剣から、極限まで圧縮された闘気と魔力が解き放たれた。

 それは眩い光と凄まじい衝撃波を伴い、地面を抉りながら一直線に竜人へと向かって行く。

 アルドとクレイの最後の一当てによって態勢を崩されていた竜人は、手にした長剣で何とか防ごうとするが……



 ドドォーーーンッッ!!!!



 鼓膜を突き破るかのような爆発音が辺りに響き渡り、その衝撃は遺跡全体を震わせパラパラと土埃が舞い落ちる。


 技名が変わってる……という突っ込みはさておいて、それはまさしく切り札、必殺剣と呼ぶべき威力を持っていた。



 そして、まともに直撃を食らった竜人は……果たしてどうなったのか。

 視界を遮っていた土埃が少しずつ慣れていくと、その姿が再びあらわになる。



「…………!!あれを耐えたのか……!」


「だが、何とか立っているというだけだな。勝負あり……だろう」



 エステルが放った必殺の一撃、あれ程の破壊の力を受けながらも竜人は未だその場に立っていた。

 その事にクレイは驚くが、その姿はもう満身創痍と言った雰囲気である。

 アルドが言う通り、既に勝負は決したように思えた。



 しかし。



「……まだ、やる気みたい。いいよ、最後まで相手してあげる」


 ボロボロに成りながらも再び剣を構え、エステルに向かっていこうとする竜人。

 最後まで戦う……その意志を汲んだエステルは戦いに終止符を打つため間合いを詰める。

 竜人はそれを迎え討とうと構えを取るが、そこに先程までの力強さは感じられなかった。



 そして、エステルの大剣が振るわれ、命を刈り取る斬撃が竜人に見舞われようとしたとき……


(……あ)


 ふと、エステルは戦いの高揚感によって忘れていた事実を、よりによってそのタイミングで思い出してしまった。

 それは彼女の剣を僅かに鈍らせ……竜人にとっては絶好の反撃の機会となる。



 その瞬間を、彼女はまるでスローモーションのように感じた。


 エステルが振るった大剣の一撃は紙一重で躱され、逆に竜人の起死回生の反撃が彼女の胴を捉えようとする。

 しかし、それよりも前に横合いから飛び出してきたアルドが、エステルに抱きつくようにして彼女との位置を入れ替え……そして竜人の斬撃は、アルドの背中を切り裂いた。

 そのまま二人はもつれるように倒れ込む。


 それから少し遅れ、追撃しようとしていた竜人をクレイが間に割って入り、逆に二剣で斬り伏せてしまった。





「アルドさま!?」


 時の流れは再びもとに戻り、エステルは自分に覆いかぶさったアルドに、悲痛な叫び声を上げる。


 周りで戦いの成り行きを見守っていた騎士たちも、不測の事態に青ざめた表情で駆け寄ってきた。

 護るべき主君に怪我を負わせるなど……騎士にとって最も忌避すべきことだろう。





「ぐっ……大丈夫だ、心配するな……急所は外した。死にはしない」


 アルドはうめきを発しながらそう応えた。

 どうやら致命の一撃は免れたようだが……しかしその表情は苦痛に歪んでいる。

 その様子から、浅手というわけではないだろう。



「アルドさまっ!!でもっ!!わたし……!!」


「エステル!!落ち着け!!お前には『癒しの奇跡』があるだろう!!」


「!!う、うん!!陛下、すぐに治しますからね!!しっかりしてください!!」


 取り乱すエステルをクレイが叱責すると、彼女は今やるべき事を思い出す。

 彼女は覆いかぶさったアルドをそのまま抱き起こし、血が滲む背中に手を当てて女神に祈りを捧げた。


 いつもより強く放たれた魔力が光を帯び、癒しの波動となってアルドの傷口に注がれる。

 すると、切り裂かれた服の間からでも傷がみるみるうちに塞がっていくのが分かった。



「…………ふぅ。これが『癒しの奇跡』の力か。初めて体験したが、凄いものだな……」


 傷がすっかり塞がると、アルドは立ち上がって身体の調子を確かめるように動かしてから、感嘆の声を漏らした。


 その様子にホッとしながらも、エステルはしゅん……となって項垂れる。

 そして、普段の快活さからは想像もつかないか細い声でエステルは言う。


「アルドさま……ごめんなさい……私のせいで……。ぐすっ……。騎士は……王様を護るのが役目なのに……」


 最後まで油断しなければ……

 最後まで躊躇わなければ、アルドが怪我を負うことはなかったはず。

 そんな後悔が彼女の心を苛んだ。

 涙が溢れ、彼女の頬を伝い落ちる。


 しかしアルドは、それを指先で拭ってやりながら首を振りながら言う。



「いや、これは俺のミスだ。君の強さばかりに目が行くあまり、君の心を慮ることを怠り……やる気と優しさに付け込んだ。これはその報いだろう」


 エステルが竜人に止めを刺そうとしたとき、アルドはあることを懸念した。

 彼女は魔物との戦いの経験は豊富だが……果たして人間を殺したこと(・・・・・・・・)はあるのだろうか、と。

 そう考えたとき、嫌な予感が頭をよぎった彼の身体は咄嗟に動いていた。

 その結果は……見ての通りというわけだ。


 エステルは最強とも言えるほどの剣士であり、大抵の敵は殺さずとも制圧することができる。

 今回の作戦でも、彼女は魔物以外の人間は誰一人殺してはいない。

 手加減しても結果として死に至らしめる可能性はあるかも知れないが、少なくとも人間相手では積極的に命まで奪おうとはしてないのである。


 そして、竜人との戦い。

 あの異形の姿から、魔物を相手するような感覚になっていたのかも知れないが……もともと人間だったことは、彼女のみならず知っていることだ。

 最後の瞬間にそれを思い出してしまったので、無意識に攻撃の手が緩んでしまったのだろう。



 それらの事はエステルの責任ではない……先の言葉の通り、アルドはそのように考えていた。

 作戦を提案したのはディセフだが、最終的に承認したのは自分なのだから、その責任は自分にあるのだと。


 しかし、エステルはそれを納得することなどできない。

 自分の未熟さが招いた事態であることに違いはないのだから。



「ぐすっ……アルドさま…………でも、私は……騎士だから……」


 まだ彼女は騎士ではない。

 しかし騎士を目指す者として……王を護る、民を護る、国を護る……そのための正しく真っ直ぐな心を、彼女は既に持っている。

 騎士の中の騎士、剣聖ジスタルと、太陽の聖女エドナはそのように娘を育てたのだから。



 アルドとしては想い人に業を負わせるようなことはしたくない。

 しかし彼女の高潔な魂は、今日と同じようなことが起きるのは許せないことだろう。

 ならば……と、アルドは彼女の目を真っ直ぐ見つめ言う。


「そうか……だったら、今よりも強くならねばな。どんな相手だろうと、命を奪うことなく止められるように。君は、人を活かす剣を極めるんだ」


「…………はいっ!!」


 王の言わんとすることを理解し、エステルは力を取り戻した声でしっかりと返事をするのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ