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むかし話の終わり



「……さて、随分と昔話が長くなってしまったわね。ともかく、これがかつて私達が関わった事件よ」


 かつてあった事件の詳細を、当事者の視点から(レジーナ)に語ったエドナとジスタル。

 思いのほか長くなったその話も一区切りついたのか、彼女はほっと一息ついて言った。


 彼女たちの話を総括すると……

 かつての『事件』とは、エル=ノイア神殿の聖女たちが行方不明となったことに端を発し、最終的には前王バルドが王位を退く事で決着した。

 ジスタルに諭された彼は、王族の地位を捨てて出奔した自分の弟……つまり、現王アルドの父に王位を譲るため捜索を命じたのだ。

 それはまた別の話であり、ジスタルもエドナもその経緯の詳細は知らないが……

 最終的にバルドが王位を退いたのち、長らくの空位を経て前王弟の息子であるアルドがつい最近になって王位に就いたという事だ。


 様々な思惑と事情が複雑に絡み合った話だが……結局のところ、根底にあるのは王の後継者問題であり、その意味ではよくある話でもあった、と言えなくもない。




 そして、それで話はおしまい……という雰囲気のエドナであったのだが。


「いや、まだ肝心なところが残ってるだろ」


 と、夫ジスタルは突っ込みを入れた。


 そしてレジーナも彼の言葉に頷きながら、まだ気になっていた事を聞く。


「……当時の大神官はどうなったのでしょうか?それに、母は……」


「う……」


 レジーナの問に、エドナは露骨に顔をしかめてうめき声を漏らした。

 そんな妻の様子を見て、ジスタルは苦笑しながら彼女に代わって答える。



「まあ、本人的には黒歴史か。……神殿は文字通りの聖域だ。だから王国騎士団としても手出しはなかなかできなかったんだが。結論を言えば……コイツが無茶苦茶したお陰で、大神官ミゲルとヤツに協力していた一部の神殿上層部の悪事は暴かれることになった」


「…………」


 ジスタルの言葉に、エドナは黙って明後日の方向に視線を反らし、レジーナは目を丸くした。

 先程までの話でも、目の前にいる淑女然とした雰囲気の叔母の姿と、彼女の過去の行動が結びつかなかったレジーナである。



 そしてジスタルが更に語った話によれば。


 後宮から解放されたエドナたち姉妹や他の聖女たちはエル=ノイア神殿に帰ったものの、当然ながら上層部に不信感を抱いていた。

 もちろんエドナも、大神官ミゲルの悪行を何としても白日のもとに晒して断罪すべきと考えていた。


 しかし、末端の聖女に過ぎない自分の言葉は封殺される可能性が高いし、ミラやリアーナなど身近な人たちを危険にさらしたくもない。

 これ以上はジスタルにも迷惑をかけられない。

 他の聖女たちも権力者を怒らせることに恐れを抱いていて、証言してもらう事も期待できない。


 であるならば……と、彼女はジスタルが言う『無茶苦茶』な行動に出たのだ。



「コイツ、事もあろうに……大女神祭の式典で洗いざらいぶちまけたんだ」


 一年に一度だけ行われる大祭、神殿で行われる女神エル=ノイアに祈りを捧げる式典でのこと。

 神殿関係者だけでなく、王国各領の領主や国家重鎮たちも一堂に会する場で、エドナは大神官ミゲルの悪行を大々的に喧伝したのである。


 当然ながら彼女一人だけでそんな事をしても、不審者として処理されるだけだ。

 実際に女神を冒涜する不逞の輩として、神殿騎士団が排除のため出動する事態となる。

 まさしくジスタルの言う『無茶苦茶』な行動だった。


 しかし……彼女の一見して無謀とも言える行動は、他の聖女たちに勇気を与えた。

 一人……また一人と声を上げ始めたのである。

 そしてそれらの声は次第に大きくなり、直接は関わりのなかったものたちも疑念の目を大神官に向け始める。


 そうなれば、何となく実情を察していた者たち……自身の立場を優先して日和見を決め込んでいた者たちも、追求のため動かざるを得なかった。



「その時に付いた二つ名が『赤の聖女』だな。まあ、何が『赤』かったのかは想像に任せるが……神殿騎士団と一悶着あった結果とだけ言っておこう」


 レジーナはジスタルの言葉に顔を引き攣らせ、それ以上は深く考えないことにした。

 エドナは明後日の方向を向いたままだ。



 ともかく。

 その後はあれよあれよと言う間に事態は動き、前代未聞となる大神官の査問会が行われることになり……その結果ミゲルはその地位を剥奪され、さらにエルネア王国を追放されることになったのである。



「そんな事が……断片的に事件の事を知ってる者は居ましたが、全容を知る者は口を噤んでましたから……聞かせてくれてありがとうございます。あとは……」


 レジーナの言わんとしてることを察し、エドナとジスタルは顔を見合わせてから一つ頷く。

 そして、レジーナの実の母……リアーナとバルドの結末の話を始めた。




「ミゲル失脚のあとのゴタゴタが落ち着いた頃……姉さんは以前よりも体調を崩しやすくなった。その理由はもちろん……」


「私……ですか?」


「そう。姉さんが後宮にいたのはほんの数日の事だったのだけど……他の誰との間にもできなかったバルド王の子を……あなたを、姉さんは奇跡的に身籠った」


 もともと大神官ミゲルが王に聖女を差し出したのは、『癒やしの奇跡』を持つ聖女であれば子をなす事が可能かもしれない……と吹聴したからである。

 結果的に、それが事実である事が証明されたのは皮肉である。



「それで……もともと姉さんは体が弱かったというのはさっき話したと思うけど、癒やしの奇跡の力のおかげで日常生活に支障が生じることは殆どなかった。だけど……」


 それを告げるエドナの表情は複雑そうである。

 レジーナはそれを見て、申し訳ないような気持ちになった。

 エドナが皆まで言わずとも、リアーナの死の原因が自分にあったということが察せられたから。


「ごめんなさい、あなたを責めてるわけじゃないのよ。でも、まだ子どもだった私には……」


 ずっと一緒に育ってきた妹よりも……そして自分自身よりも我が子の命を優先させた……

 当時のエドナには、その姉の気持ちが理解できなかった。

 だから、大切な姉の子であるレジーナを自分の手で育てるという考えに思い至らなかった。

 その気持ちを察してくれた義母ミラがレジーナを養子として引き取ってくれたが、それがかえって姉の死と向き合う機会をも奪ってしまった。



「でもね……。あとになってジスタルの子が……エステルが自分のお腹の中にいると分かったとき。自分が母親になるって思ったとき。初めて姉さんの気持ちが理解できたの。何があっても護らなくてはならない大切な命……。レジーナ……あなたは間違いなく、愛されてこの世に生まれてきたのよ」


 その言葉はレジーナが欲してやまないものだった。


 義母(ミラ)は実の娘に対するのと変わらない愛情で自分を育ててくれた。

 (バルド)は言葉にも態度にも表すことはないが、自分のことを大切に思ってくれているのは伝わっていた。

 実の母もそうだったと、はっきりと叔母(エドナ)は言ってくれた。

 それがたまらなく嬉しかった。






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 国王バルドは後宮を廃し、自ら王位を退いた。

 自身の行いを法の裁きに委ね、歴史の表舞台からも退いた。


 大神官ミゲルは悪事を白日のもとに晒され、その地位を剥奪されて王国から追放された。


 二人の権力者に翻弄された聖女リアーナは、その命と引き換えに新しい小さな命を産み落とした。



 そして、剣聖ジスタルと聖女エドナは……






「……そう。ジスタル殿は、王都を出ていくのね」


「はい。今までお世話になりました、ミラ様。エドナと……その子のこと、よろしくお願いします」


「ええ、任せてちょうだい。あの子(リアーナ)を守れなかったせめてもの罪滅ぼし……いえ、あの子の想いを守らないとね。今度こそ」


 そう言ってミラは、悲しそうに……しかし愛おしそうに、腕の中に抱いた赤子を見る。

 リアーナの娘は、すやすやと安らかに眠っていた。

 生まれたばかりの無垢な魂は、未だ何のしがらみもなく、ただただ希望に満ちている……ジスタルはそんな事を思った。




 王の目を覚まし、結果的に『事件』を解決に導いたジスタルであったが、王を退位に追い込んだことに関する責任を追求されていた。

 王自身が彼を責めることは無かったし、法的にも何らかの処罰を受けることも無かったが……バルドに取り入って甘い蜜を吸っていた貴族連中から恨みを買ったのである。


 騎士団の先輩や同僚たちは彼に同情的であったが、結局は様々なしがらみが面倒になったジスタルは、王都をでていくことにした。


 そして、出発の前に神殿の知り合いに挨拶をしにきたのであるが……



「……エドナは、どうしたんです?」


「それが、ジスタル殿には会いたくない……と、部屋に籠もってしまって。多分、別れるのが辛いのでしょう」


「そうですか……残念です。ま、そのうちほとぼりが冷めたら、また顔を出しますよ」


「ええ、是非そうして。あの子も待ってるわ」



 ミラと別れたジスタルは、エドナに会えなかったことが心残りとなりつつも神殿をあとにして、王都の外へと向かう。

 長年暮らしてきた街並みを心に刻み込むように、ゆっくりとした足取りで。


 そして、ついに王都外壁の門前広場までやって来た。

 ジスタルは取り敢えずニーデル辺境伯領へと向うつもりだ。

 事件の時に匿ってくれると言ってくれた、友人デニスの出身地である。

 もう匿ってもらう必要などないのだが、他に目的地も思いつかなかったので取り敢えず向かうことにしたのだ。

 辺境の地であれば強力な魔物も多いので、剣の腕を活かすこともできるだろう、とも。


 門前広場には各方面に向かう駅馬車が発着しており、王都から旅立つ者、あるいは王都の外からやって来た者たちで賑わっている。

 しかしジスタルはそれを使うつもりはないので、そのまま歩いて門に向かう。



 そして、彼が声をかけられたのは門を潜った直後のことだった。




「遅かったわね、ジスタル。待ちくたびれたわよ」


「エドナ!?お前……どうして……?」


 神殿の自室に籠もっていると聞いていたはずのエドナが、なぜここにいるのか。

 ジスタルは驚き戸惑う。


 それをよそに、彼女は少し怒ったような口調で言った。


「一人で出ていこうなんて、そうはいかないわ。私も一緒に行くんだから」


「一緒に行くって……お前、神殿は……」


 行く当てもなく生活の保障もない、そんな旅に少女を同行させるなど……と、ジスタルは説得を試みようとするが、それよりも前にエドナは想いをぶつける。



「父さんも母さんも居なくなった!!姉さんも……!!今度はあなたまで居なくなるって言うの!?…………もう、大切な人が目の前から居なくなるのは……イヤなのよ!!」


 彼女はジスタルに抱きつきながら、そう叫んだ。

 その瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。



(そう……だったな。それに俺だって……)


 エドナがジスタルに向ける想い……それと同じものを抱いていることに、彼は改めて気付かされる。

 

 そして、先の事などどうにでもなる……と、彼は想い人に告げた。



「……一緒に行くか?」


「ぐすっ……だからそう言ってるじゃない」


「そうか…………じゃあ、行くか」


「うん!!」




 こうして剣聖と聖女は、様々な思い出を残して王都を旅立った。

 いつの日か……再び帰ってこれる時が来るのを願って。


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