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王の目覚め



 剣聖と王の戦いは全くの互角。

 その決着はいつ訪れるのか、周りで見守る騎士たちには全く予想がつかなかった。


 しかし、果てしなく続くと錯覚しそうになるその戦いにも、明らかな変化が現れる。

 それは終わりが近いことを意味していた。





「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


「ふぅ〜〜…………」


 バルド王の荒い呼吸、そしてジスタルが息を整える音が聞こえる。

 息をもつかせぬ激しい戦いを経てから、今はお互いに間合いをとって足を止めたところだ。

 一見互角に見えた戦いも、今の二人の様子を見ればどちらが優勢なのか一目で分かるだろう。



「……そろそろ終わりですかね?」


「……あぁ、次が最後の一撃だ。覚悟せよ」


「ええ……受けて立ちましょう」



 その二人の言葉に、騎士たちは緊張感を高める。

 その静寂の中では、誰かがゴクリと生唾を飲んだ音すら聞こえてくるようだ。

 ディラックに詰め寄って騒いでいたエドナも、いつの間にか静かになって二人の戦いの行方に集中していた。



 そして二人の闘気が高まると、彼らの周りの空気が陽炎のようになって揺らめく。

 それは、およそ手合わせレベルの戦いなどで見せるようなものではないだろう。

 しかし互いに構えを取ると、その闘気の炎はむしろ収束に転じ、その場は再び静謐な空気を取り戻した。



 呼吸にして一拍、二拍……

 構えからの予備動作なしで、二人同時に神速の踏み込みから必殺の一撃を放つ。



 果たして、その場の騎士たちのうち何人がその動きを視認出来ただろうか?

 ディラックはそのうちの一人であり、そしてエドナも……ジスタルの剣が僅かに速く翻り、バルドの剣を絡め取るようにして弾き飛ばす瞬間を目撃する。


 そして……


 ギィンッ………!


 と、刹那の遅れで音が聞こえてくるのだった。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………」


 バルドは地面に膝を着いて荒い呼吸をする。

 そして彼の右手は、剣を弾かれた衝撃による痺れで震えていた。



「勝負あり……ですね。どうでした?久しぶりに身体を動かして……」


 先程までの張り詰めた空気を払うように、ジスタルは穏やかな声でバルドに声をかけようとした。

 しかし彼の言葉はその途中で飲み込まれてしまう。


 何故なら……


「陛下!!」

  

 悲痛そうな叫び声をあげながらバルドに近づく者がいたから。

 周りにいた騎士たちの何人かはそれを止めようとしたが、彼女が後宮の寵姫である事に気付いて思いとどまる。



「姉さん!?」


「リアーナ!?」


 彼女の正体に気付いたエドナとジスタルが驚きの声を上げた。


 そう、後宮庭園の騒ぎを聞きつけたリアーナがいつの間にか近くまで来ていたのだ。

 よくよく周りを見れば、他の女性たちも遠巻きながら成り行きを見守っているではないか。



「陛下……お怪我はありませんか?」


「…………大事ない、ただの手合わせだ」


 傍らに寄り添って心配そうに声を掛けるリアーナに、バルドは心なしか戸惑うような表情で応える。



「そうですか……良かった……あ、でも腕にお怪我が……」


 確かに、バルドの上腕には血が滲んでいた。

 激しい剣戟の間に僅かに剣が掠めたのだろう。


 そして、バルドが反応するよりも早くリアーナは彼の腕に手を当てて『癒やしの奇跡』を使った。

 柔らかな光が患部を照らし、数瞬ほどでそれが収まると、バルドの怪我はすっかり消えていた。



「これで大丈夫です。……コホッ」


「……無理せずに休んでいろと言っただろう。こんな掠り傷に力を使わずともよかろうに」


 癒やしの奇跡を使ったあとリアーナが軽く咳き込むと、バルドは彼女を気遣うように言う。

 その瞳には虚無とは異なる色が宿っていた。

 それにはただやんわりと笑みを返してから、リアーナはジスタルに視線を向けた。


「ジスタル様は……もしかして、エドナを連れ戻しに来てくださったのですか?」


「エドナだけじゃない。リアーナ、お前もだよ」


「そうよ!!姉さんが居なくなったことを相談したら、ジスタルは王様に直談判してくれたのよ!でも、それで……!」


 あくまでも自分の事は二の次であるリアーナに、ジスタルもエドナも自分たちがどれほど彼女を心配したのかを伝える。



「エドナだけじゃなく、ジスタル様にもご心配とご迷惑をかけてしまったんですね……ごめんなさい……」


 目を伏せて申し訳なさそうな声でリアーナは言った。

 もちろん彼女とてエドナたちが自分の事を心配するであろうことは分かっていた。

 それでも彼女は権利者たちの思惑から妹を守るために、自分を犠牲にすることしか考えられなかったのである。



 しばし、気まずげな沈黙がその場に降りるが……ジスタルはそれを破って再び王と向き合う。



「……陛下、二人はここから連れてきます。よろしいですか?」


 今の憑き物が落ちたような王であれば、きっと自分の言葉は届くはず、と彼は信じていた。

 しかし、もしバルドが拒否すれば、ジスタルは無理矢理にでも二人を連れて押し通るつもりだ。

 それだけの力が彼にはあるが、決死行となるのは間違いない。

 彼の静かな言葉の中には、それだけの覚悟が込められているのである。


 そんな剣聖の覚悟を感じ取った周りの騎士たちの間には俄に緊張が走り、いつでも動けるように剣に手を添える。

 王の返答いかんによっては動かざるを得ないだろう……と。

 事ここに至っては彼らも迷いを見せる余裕もない。



 そして、王は暫し瞑目してから……剣聖の求めに応えた。


「…………よかろう。好きにするが良い」


 その王の言葉に、騎士たちはホッと息をついて張り詰めていた緊張の糸を緩める。


 しかし、取り敢えずはその場は丸く収まったと思われたが、それに納得しなかったのは当の本人であるリアーナだ。



「待ってください!陛下!ジスタル様、私は……!」


 バルドに縋り付くように言い募ろうとするが、二人の間にエドナが割って入る。


「姉さん落ち着いて。姉さんは今、感情的になってるのよ。一旦神殿(うち)に帰ってから……よく考えよう?」


「エドナ…………」


 妹の言葉に幾分かは冷静さを取り戻したリアーナであったが、それでもまだ迷いを見せる。


 そんな姉妹の様子を、再び感情が抜け落ちたような表情でバルドは眺め……そして王は衝撃の一言を放った。



「……お前たちだけではない。この後宮は……もう閉鎖する。それから……」




 この王の宣言はその後、国家重鎮たちに大きな動揺を与えることになる。

 そして、エルネア王国は大きな変革の時を迎えることになるのだった。



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