剣聖、王と剣を交える
エドナは自室を出て人目を忍びながら後宮の外を目指す。
ジスタルが囚われているという地下牢の場所は見当もつかないが、とにかく城内の怪しい場所を片っ端から探るつもりだ。
もちろん彼女とて、そうそう上手く事が運ぶとは思っておらず、場合によっては荒事も覚悟しているのだが……
彼女の目的はあっさりと果たされることになる。
それも、完全に予想外の方向で。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「じ、ジスタル!?それに……王様も?な、何をやってるの?」
後宮の建物の前にある庭園に何やら人集りが出来ていて、木立の陰からその様子を見ようとしていたエドナ。
王以外の男性は立ち入ることが出来ないと聞いていたはずなのに、どう見ても騎士らしき男たちが多数集まっているのを不審に思い、よくよく目を凝らしてみると……
その中心には、これから救出しようと考えていた、その当の本人が何故かバルド王と対峙しているではないか。
全く予想していなかった光景に、彼女は隠れていたことも忘れて思わず叫び声を上げてしまうのだった。
騎士たちが一斉に彼女の方を振り向くが、ジスタルもバルドもお互いに視線を外さない。
いや、むしろエドナの声が引き金となって……
ガィンッ!!!
一瞬で間合いを詰めた二人が交錯し、激しく剣を打ち合わせる音が響き渡る。
そして、それが戦闘開始の合図となり、凄まじい剣戟の応酬が始まった。
「ちょっとあんた!!いったい何がどうなってるの!?」
エドナは観客と化している騎士の集団に近づくと、自分と歳が近そうな少年……ディラックの首根っこを捕まえて問いただす。
「う、うわ!?あ、アンタこそなんなんだ!?」
突如現れた少女に詰め寄られ、その剣幕に彼は慌てふためく。
「私はジスタルの友人よ!!それよりも、なんでアイツが王様と戦ってるの!?っていうか何で誰も止めないの!?騎士でしょ、アンタたち!!」
「力強っ!?お、落ち着けって!!あれは別に本気で……いや、本気は本気だろうけど……手合わせだよ!!て・あ・わ・せっ!!バルド陛下からも手出し無用って言われてんだよ!!」
一見して華奢な少女とは思えぬほどの馬鹿力で揺さぶられながら、ディラックは何とかそう返した。
それで少しは冷静に……なった訳でも無いが、エドナは呆れたように呟く。
「何よ、それ……」
「多くの言葉を重ねるより、互いに剣を交えたほうが分かりあえることもある……そういうこった」
ウンウン……と頷きながらしたり顔でディラックは言った。
しかしエドナは……
「……何よそれ、意味がわからないわ」
と、やはり白け顔で再び同じセリフをボソリと呟くのである。
それには周りの騎士たちも『そうだよなぁ……』と、彼女の言葉に同意するのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
エドナが呆れ果てている一方で、ジスタルとバルドの『手合わせ』と称した戦いは熾烈を極めていた。
一応は刃引きした剣を使っているものの、達人が振るうそれはまともに当たれば致命傷となりかねない。
しかし、やはり達人同士の戦いであるなら、そうやすやすと攻撃が当たるものでもない。
ある意味、お互いの剣の腕を信頼しているからこそ成り立つものなのだろう。
「流石ですね陛下!ブランクが長い割には鈍ってないじゃないですか!!」
「お前こそ、『剣聖』の呼び名は伊達じゃないようだな……!」
言葉を交わすその間も目まぐるしく立ち位置が入れ替わり、剣を振るう腕も止まらない。
そして、まるで世捨て人のような雰囲気であったバルドは、今や別人のように覇気がみなぎっていた。
バルドのすくい上げるような鋭い一撃を、ジスタルは文字通りの紙一重で躱しながらカウンターの突きを放つ。
バルドはそれを柄頭で打ち払い更なる連撃に繋げようとするが、ジスタルは僅かに後退して間合いを外す。
接近と離脱を繰り返しながら流星のような斬撃が入り乱れる。
かと思えば、ひとたび刃が交われば鍔迫り合いとなる。
技と技、力と力の激突は互角のものだ。
手合わせと言うにはあまりにも高度な戦いに、周りの騎士たちは息をするのも忘れて見入ってしまうのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「す……げぇ……。師匠が凄えのは知ってたけど、陛下が同じくらい強いなんて知らなかったぜ。それに、二人とも剣筋が似てるような……」
ますますヒートアップする二人の手合わせに、ディラックは感動した様子で呟きを漏らす。
それを聞きつけた先輩騎士の一人が、彼に新たな事実を告げる。
「そうか、お前は騎士団に入ったばかりだから知らないか。陛下とジスタルの剣の師は同じ……つまり兄弟弟子の間柄なんだぞ」
「そうなんスか!?はぁ……やっぱ師匠は凄い人だったんだな……」
自称剣聖の弟子は、ますます感激した様子だ。
そしてそんな会話を聞いていたエドナは、その事自体はあまり興味がない様子だったが、二人の戦いを見て別の感想を抱いていた。
「ふぅん……そうなんだ。それにしても、二人とも何だか楽しそうよね……。ジスタルはともかく、王様は意外だわ」
姉の部屋で初めて会った時は、その虚無を宿した瞳に恐怖を覚えたものだが、今のバルド王はまるで別人だ……と彼女は感じていた。




