三者三様
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「姉さん……」
エドナが姉と再会した翌日のこと。
もうすぐ昼という時間になっても、彼女は部屋の中でぼんやりとしていた。
昨日は結局、部屋に戻っても混乱のあまりろくに眠れず、明け方になってようやく……と、起きたのはついさっきのことだ。
そのタイミングで使用人がやって来て着替えさせられたのだが、その時も彼女はぼんやりとして心ここにあらずと言った様子であった。
「はぁ……これからどうしようかしら……?」
姉自身がこの状況を受け入れて……むしろ望んでここにいるのなら、自分はどうすれば良いのか?
このままここにいては、いずれは自分自身が王に求められるのも時間の問題だろう。
そうなる前に何らかの行動を起こしたい……と、彼女は考えるが、どうにも考えがまとまらない。
「……でもあの人、別に姉さんのこと好きなわけじゃないよね?姉さんは救ってあげたいなんて言ってたけど……や、やっぱりそういうのって良くないと思う」
昨晩二人が何をしていたかに思い至って、彼女は顔を赤らめる。
二人ともお互いだけを見つめて愛し合っているなら、口を出す事はできない。
しかし、バルドは多くの女性を集めて手当たり次第に手を出している……彼女にとってそれは、不誠実で許せない事である。
彼が王で、世継ぎを残す責務がある……なんてことは彼女にとっては関係のないこと。
不幸な出来事に同情する点があるのだとしてもだ。
「……うん。やっぱり姉さんを担いででもここを出たほうがいいわね。もしバルド王が姉さんだけを……と言うなら、私は何も言えないけど」
そう彼女は決断する。
なにはともあれ、こんな状況がまともであるはずがない。
姉もどこか感情的になってると思うので、いったん落ち着いて欲しいという思いもある。
「っと、その前に……ジスタルの様子も確認したいわね」
姉のために王に直訴して囚われてしまったという彼の事も、何とかしなければと彼女は思う。
彼と会うたびについ憎まれ口をたたいてしまうが、それが照れ隠しであることを彼女は自覚してるだろうか?
少なからず恋心を抱いてる事も。
彼女にとって大切な人の一人なのだから、当然このまま放って置くという選択肢はあり得ない。
しかし彼女は知らない。
その彼も同じ気持ちを抱いているが故に、既に行動を開始したと言うことを……
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
数日ぶりに牢を出たジスタルは、物陰に身を潜めながら後宮を目指していた。
誰かに見咎められたところで切り抜ける自信はあったが、出来るだけ穏便に済ませたいと彼は考えていた。
なお、デニスはジスタルに言われた通り地下牢で気を失って倒れているフリをしている。
誰かに見つかって大騒ぎになるのは時間の問題だろう。
もう、後戻りはできない状況だ。
(エドナやリアーナを連れ出すだけでなく、できれば陛下にもお会いして……今一度、説得を試みたいところだが)
ただ王の意志に盲目的に従うのが騎士ではない。
例え不興を買おうとも……主君が正しき道を踏み外そうとするならば、それを諌めるのも正しき騎士の務めであるという信念を彼は持っている。
かつてのバルドが、王として相応しい人物であったことを彼は知っているから尚のこと。
決意を胸に、彼は歩を進める。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
同刻。
リアーナの部屋にて。
昨晩部屋を訪れたバルドはリアーナと一夜を共に過ごし、今は身支度を整えて公務に向かおうとしていた。
彼より先に起床していたリアーナは、甲斐甲斐しく支度を手伝っている。
その様子だけ見ればまるで夫婦のように見えるが、そこに甘やかな雰囲気は無い。
「こほっ、こほっ……」
「……どうした?風邪か?」
怜悧な瞳に微かに心配の色を滲ませながら、彼はリアーナに声をかけた。
ここ最近は誰にも見せたことがない僅かばかりの人間味が感じられたのが嬉しかったのか、彼女は微笑みを浮かべて応える。
「ごめんなさい、少し喉が渇いて咳き込んだだけです」
「そうか。自愛しろ…………と俺が言うのも変か」
そう言って自嘲めいた笑みを浮かべるのも、リアーナ以外の前では見せることがない表情だ。
「いえ……心配してくださって、ありがとうございます」
それきり二人の会話は途切れる。
しかし、しばらくして支度を終えたバルドが部屋を出ていこうとしたとき。
リアーナは意を決して口を開く。
「陛下……」
「……なんだ?」
「妹の事ですが……」
そう切り出したリアーナに、バルドは視線で続きを促す。
「どうか、あの娘は神殿に帰してもらえないでしょうか?私が黙っていなくなったから……心配してここまで来てしまっただけなんです」
それを聞いたバルドは、それまで僅かながらでも和らげていた表情を再び怜悧なものに変える。
「お前は王に指図するのか。勘違いするな、リアーナよ。お前たちがここに集められたのは、俺が王の責務を果たすためだと言うことを。そこに愛情などというものは無い」
「陛下……」
悲しげに目を伏せるリアーナだが、それ以上言い募るのは逆効果だと悟って黙り込む。
そんな彼女を一瞥し、彼も何も言わずに部屋の外に出ていってしまった。
ひとり部屋に残されたリアーナは、ポツリと呟く。
「王の責務……そんな『呪い』のために、なぜあなたが……皆が苦しまなくてはならないのですか?」
心清き聖女の、その言葉を聞く者は誰もいない。
そして彼女は自分のお腹に手を当てて想いを巡らす。
「もし私があの方の子を授かったのなら……彼の心は救われるのでしょうか……?」
やはり、その問いに答える者は誰もおらず……彼女の言葉は虚しく響くだけだった。




