剣聖、動く
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エドナが後宮にやって来た翌日のこと。
未だ王城の地下牢に囚われていたジスタルは、そろそろ何とかしなければ……と、焦燥感を抱えていた。
王に意見して不興を買ったとはいえ何らかの罪状があるわけでもなく、すぐに釈放されると同僚たちも言っていたが……
(少し見通しが甘かったか……。以前の陛下とは違うと言うことは分かっていたんだがな。しかし、どうしたもんか……早くしないとエドナのやつ、王城に突貫しかねないぞ)
彼の焦燥感の正体は、つまりそういう事である。
最近は彼女も聖女らしい所作も身につけて、以前よりは大人になったと彼も思っているが……
(なんと言ってもバイタリティと行動力が半端ない。良くも悪くも、そういうところは昔から変わってないからな……)
初めて出会ってからこれまでの付き合いで、彼はエドナの本質をよく分かってる。
スラムから姉妹を連れ出すときも一悶着あったが、それ以降も彼はずっと彼女たちが気になって、何かにつけて面倒を見てきたから。
姉想いなところ、芯が強いところ。
正義感が強く、そうであるがゆえに過去の過ちを悔いているところ。
訪れる度に心を開いていくのに、それを素直に表に出すのを良しとせず憎まれ口をたたくところ。
そして、本当は寂しがり屋で、誰かが側にいなければならないところ……
ときどき苦笑も交えながら思い出すそれらの事柄は、彼にとってかけがえのないものだ。
今回、彼にしてはかなり無茶をしたのは、自身の正義感もあっただろうが……エドナのためというのが大きかったのだろう。
そんなふうに、そろそろどうにかしようとジスタルが考えていた矢先のこと。
彼が囚われていた地下牢に、何者かがやってくる。
「ジスタル、元気か?」
「デニスか。……まあ、若干薄暗い事を除けば、三食昼寝付きで快適なもんだ。そろそろ飽きてきたがな。お前が来たということは、そろそろ出してもらえそうか?」
ジスタルの前に現れたのはデニスだった。
やや皮肉を込めて彼の問いにジスタルは応えたが、そこには期待もあった。
しかし……
「いや、まだ許可は降りてねぇな。それより……今朝方、俺んところにミラ様が来られたんだが……」
「なにっ!?まさか、エドナが何かしでかしたのか!?」
今まさに懸念していた事態が起きたのかと、彼は鉄格子越しにデニスに詰め寄った。
「おわっ!?お、落ち着け!!……まったく。お前もエドナも、お互いのことになると冷静でいられなくなるんだな」
「……そんな事はないが。で?何があったんだ?」
デニスの物言いに気恥ずかしさを覚えながらも、気を取り直して彼は聞きなおす。
「それが……今朝になって神殿内にエドナの姿が見えないらしい。それで、まさかとは思ったが……城に乗り込んでお前の所に来てんじゃないか……ってな」
「俺のところには来てない。しかしアイツのことだ、おそらくは…………デニス、そこ離れてろ」
「は?……ってお前!!何する気……」
デニスが言い終わるより先にジスタルは行動を起こす。
彼が一歩下って素早く腕を振るうと、幾筋もの銀光が閃き、金属を打ち鳴らす甲高い音が地下牢に響き渡った。
そして……ガランガランと音を立ててバラバラに斬られた鉄格子が地面に落ちるではないか。
「な……ジ、ジスタル、お前……剣も無しにどうやって……?」
「こんなこともあろうかと、こいつをチョロまかしておいた」
そう言って彼が見せたのは、小さな果物ナイフだ。
その大きさならば服の中に隠し持つのも容易だろう。
しかし、例え剣を持ってたとしても鉄格子を切断することなど普通はできない。
当然ながら、それを見たデニスは驚愕で目を見開き呆然と呟く。
「そ、そんなもので……お前の剣技は相変わらず常軌を逸してるな……」
「その気になればいつでも出られた。だが、出来るだけ穏便に……とは思ってたんだがな」
「いや、今回も穏便にしておけよ……俺ぁどうすりゃ良いんだよ」
このままジスタルを見逃せば、デニスも責任を問われかねないだろう。
しかしジスタルはあっさりと言う。
「ここで気絶したフリでもしておけ。お前を巻き込むつもりはない」
「……お前ぇはどうすんだ?」
「もう一度、陛下に諫言する。それで駄目なら……エドナとリアーナだけでも連れ出して、あとは何処かに姿をくらますさ」
何でもないふうに彼は言うが、そこに並々ならぬ覚悟が込められていることをデニスは悟った。
止めても無駄だろう……とも。
「……分かった。もしそうなったら、ニーデル領で匿ってやる。親父にも話を通しておこう」
そうとなればデニスも腹をくくってジスタルのフォローを決める。
そして自分の帯剣を外して差し出しながら言う。
「こいつを持ってけ。いくらお前でも、そんなナイフ一本じゃ流石に心許ないだろ」
「すまん、恩に着る」
巻き込むつもりはないと言いつつも、少なからず迷惑をかけてしまうことに謝罪するジスタル。
だがデニスは特に気にしたふうもなく応える。
「気にすんな。それよりも、やるからにはしっかりな」
「ああ」
二人はその場で別れる。
そして、ジスタルは地下牢をあとにして再び王の下へ向かう。
彼が惹かれた少女の笑顔を取り戻すために。




