聖女、姉と再会する
「それでは……叔母様は自ら後宮に?」
「ええ。とにかく、王に直接面会しなければ埒が明かない……と思ってね」
レジーナが聞いた話では、エドナは無理やり後宮に連れていかれた……ということだったが、当の本人から事実を聞かされて驚きをあらわにする。
「まったく……無茶をしたもんだよ」
「だって、あなたまで捕まってしまったって聞いて……その時は、もうそうするしかないって思ったのだもの」
「……まあ、俺ももう少し早く動いておけば良かったよ。牢を抜け出すことはいつでも出来たんだがな……」
ジスタルは慎重に機を伺っていたということだ。
遠からず釈放されるであろうことも分かっていた。
しかし彼はエドナの行動力を見誤っていたのだ。
まさか自ら後宮入りを志願してまで王に会いに来るとは思わなかったのである。
そのあたり、やはりエステルの性格はエドナ譲りであるところが大きいのかもしれない。
「とにかく。私は後宮に入って、そこでようやく姉さんと再会することができたのだけど……」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
後宮に案内されたエドナ。
綺羅びやかな光に彩られた夜の宮殿に圧倒され、やや気後れする彼女だったが……
「こちらへどうぞ」
使用人の女はそんなエドナの様子には目もくれず、再び足早に歩き始めた。
エドナはハッとなって、慌てて彼女の後に付いていく。
そして、手入れの行き届いた庭園を通り抜け宮殿の入口まで辿り着くと、彼女は再び目を瞠る。
「……凄い」
大扉を開け放つと、そこには更なる別世界が広がっていた。
平民であるエドナであれば、物語などから想像するしかなかった王宮の暮らし。
いま彼女の眼の前にあるのは、まさにそんな光景だった。
先に触れた大神官の部屋の成金趣味的な品のない豪華さとは異なり、計算し尽くされた内装や調度品の数々は華やかでありながら、同時に落ち着いた雰囲気をも演出していた。
幼い頃はスラムで暮らし、今も清貧を良しとする神殿で過ごす彼女も年頃の少女なので……ここに来た目的もほんのいっとき忘れ、その夢のような光景に目を奪われてしまうのだった。
「……では、エドナ様のお部屋にご案内いたします。こちらでございます」
案内役の声に、エドナはハッとなる。
しばし後宮内の光景に見惚れていた彼女を慮っていたのだろうか。
しかし案内役の彼女は、相変わらず感情は見せずに再び歩き始めた。
彼女は玄関ホールの両側に設けられた、緩やかな曲線を描く階段の一つに向かう。
エドナは慌てて彼女の後について行った。
「……ここには、何人くらいの女性が暮らしてるんですか?」
道すがら、沈黙に耐えかねたエドナはそんな質問をした。
一人の王のために多くの女性が集められているのは理解したが、これほどの立派な宮殿の中にどれほどの人数がいるのかは想像もつかなかった。
「そうですね……今は五十名ほどの方がお過ごしだったかと存じます」
「ご、ごじゅっ……!?」
あっさりと告げられたその数に、彼女は呆気にとられて二の句も告げなくなる。
そしてそのあとは再び沈黙が降り、長い長い廊下を二人は只管に進んでいく。
その途中、案内役と同じような格好をした使用人とすれ違うこともあったが、既に夜遅い時間ということもあり閑散とした雰囲気ではあった。
「こちらが、エドナ様のお部屋となります」
「ここ……?」
案内役に連れてこられたのは、大きな両開きの扉の前。
これまでも似たような扉は多く見られたので、それらは全て女性たちの居室だったのだろう。
そして扉を開いて中に入れば……
「うわぁ……」
エドナは再び感嘆の声を漏らした。
神殿の自室とはあまりにもかけ離れたその部屋。
まるでお姫様の部屋のよう……と、彼女は思いかけ、実際その通りだったことを思い出した。
しかし。
後宮の女性たちは、一度入ってしまえば自由に出入りすることは出来ない……籠の鳥のようなもの。
そう思えば、こんなに広く豪華な部屋であっても監獄となんら変わらない……そんなふうにエドナは思った。
「それでは……本日はもう遅いので、ごゆっくりお休みくださいませ。後宮内の詳細については、明日改めてご説明申し上げます」
「その前に。姉さん……リアーナの部屋を教えてもらえませんか?」
後宮の雰囲気に圧倒されつつあった彼女であったが、ここまで来た目的を忘れたわけではない。
今はとにかく姉に会いたい……と切望する。
そして。
「リアーナ様はお隣の部屋でございます」
その事実は思いのほかあっさりと告げられた。
「!……会いに行っても?」
「構いません。後宮内であれば、基本的にご自由にお過ごしいただけます」
籠の中の鳥の、せめてもの自由ということだろう。
そしてエドナは、再び案内役に連れられて隣の部屋(と言ってもかなり離れている)に向った。
エドナは、自分が案内された部屋とまったく同じ様式の大きな扉を、控えめにノックする。
すると……しばらくして僅かに扉が開き、そこからエドナよりも少し年上らしき少女が顔をのぞかせた。
「姉さん!!」
「えっ…………エドナっ!?」
一瞬、事態が飲み込めなかったらしい彼女……リアーナは、しかし直ぐに驚きの声を上げることとなった。
「姉さん!!良かった、無事で……」
「エドナ……なんであなたがここに……」
姉の無事を確認したエドナは涙を滲ませて姉に抱きつくが、リアーナと言えば、ただ呆然と呟きを漏らすことしかできなかった。




