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聖女、後宮に入る



 姉に会うため、バルド王の後宮入りを承諾したエドナ。

 彼女が自室で待っていると、扉がノックされる。

 とうに日は沈み、窓の外はすっかり暗くなっていた。



「はい……」


 エドナが扉を開けると、そこには顔見知りの神官の男性が立っていた。

 先日、姉の所在を聞きに行った高位の神官……彼女が直接話をすることができる、数少ない神殿上層部の人間だ。

 彼は外見的にはまだ二十歳前後くらいで、エドナともあまり年は離れていないようにみえる。

 そんな若さで高い地位にあると言うことは、よほど優秀なのか……あるいは縁者に、より高位の者がいるのか。


 彼は神職者が着る法衣ではなく、一般市民のようなごくありふれた服装をしていた。




「エドナ。これから君を王城まで連れて行く。既に同意していると聞いてるが……相違ないか?」


「……はい」


「そうか……」


 淡々とした言葉で彼はエドナに確認するが、彼女が肯定すると複雑そうな声音で呟く。

 何だか悲しそうな表情だ……と、エドナは思った。



「これを被りなさい」


 そう言って男はフード付きのローブを手渡してくる。

 それで顔を隠せということなのだろう……と理解したエドナは、それを羽織って目深にフードを被った。



「では行こうか。人目につかないよう、人払いをしている所を行くから少し遠回りになる」


「はい」



 そして二人はエドナの部屋を出て、男が言った通り誰もいない神殿内を歩いていく。





 やがて、二人は広大な神殿敷地の裏手から人気のない路地に出て、そのまま街のにぎわいを避けるようにして王城を目指す。


 二人とも途中まで無言を貫いていたが、沈黙に耐えかねたエドナが気になっていたことを質問する。



「あの……姉さんのことは知ってたんですよね?」


「…………ああ」


 やや間が空いたのは、後ろめたさがあったからだろうか。

 暗くてその表情を窺い知ることはできないが、その声の響きから彼女はそう感じた。



「なんで教えてくれなかったんです?私達のこと……あんなに気にかけてくれてたのに」


「……この件は大神官猊下より固く口止めされているんだ。いかに執行部の私であっても、あの方に逆らうことはできない」


 淡々とした言葉の中にも、やはり隠しきれない苦渋の響きが感じられた。



(……なんで?権力者って、そんなに何でも出来るの?私には理解できないわ……。ジスタルだったら……)


 エドナは彼が本意ではないことを察して口を噤むものの、なぜそれほどまでに権力者に従うのかが理解できない。


 そして、王の不興を買い投獄されたというジスタルの事を思い出す。

 彼は王という権力者に逆らってでも己の正義を貫こうとした。

 そう思えば、エドナは彼に誇らしささえ感じた。



(そうだ、ジスタルも何とか助けられないかしら……?私が王の近くに行けるのなら……)


 自分のために捕まったのだから、自分がなんとかしなければ……と彼女は考える。




 それ以降、再び無言になった二人は足早に王城を目指すのだった。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 王城……正門ではなく、裏手の通用門の方にやって来たエドナ達。

 そこには城の使用人らしき年配の女性が待ち構えていた。



「夜分にご苦労さまです。私はエル・ノイア神殿の者で……」


「はい、伺っております。……そちらの方が?」


「ええ。陛下のお側に是非……と、大神官猊下より」



 男と使用人の女性が会話するのを、エドナは黙って聞いている。

 彼らは小さな声で話しているので聞こえてくる内容は断片的だ。

 そして何かの書類のようなものを交換している。



(……なんか手慣れた感じ。これまでもこうして聖女を連れてきてたの?姉さんも……)


 二人の会話から、これまでも同様のやり取りが行われてきた事を彼女は察する。



 やがて彼らのやり取りは終わり、使用人の女がエドナの方を見る。



「ではエドナ()、ご案内いたします」


「さ、様……?」



 まるで貴族の令嬢を相手するかのような丁寧な態度に、彼女は戸惑いを見せた。

 しかし女は構わずに、くるりと踵を返して通用門から城の中に歩き出した。


 エドナが慌ててついて行こうとすると……



「私がついて行けるのはここまでだ。……元気でな」


 これまで案内してきた男が、そんなふうに声をかけてくる。

 彼はやはり、どこか複雑そうな表情を見せていた。




「……ありがとうございます。モーゼスさんもお元気で」


 それはまるで、今生の別れを惜しんでいるようにも見えた。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 一切後ろを振り向かない女の後をエドナはついていく。


 初めて入った城の中は、外から眺めた印象よりも落ち着いていて、どこか神殿にも似たような雰囲気に、エドナは何となく安堵を覚えた。


 しかし、これから向かう先は『うら若き乙女を侍らせ欲望を満たす悪王』の居場所。

 彼女の脳裏に、好色で下品な笑みを浮かべた野蛮な男の姿が浮ぶ。

 ……そのモデルは大神官ミゲルだったりする。

 清貧を美徳とする神職の最高位にありながら、欲にまみれた俗物……たったあれだけの短い会話で、エドナは彼の本性を見抜いていた。



 そして二人は、城の最奥……ごく限られた者しか立ち入ることが許されない美しい庭園へと足を踏み入れた。

 庭園のさらに奥には……夜の闇に浮かび上がる綺羅びやかな宮殿が見える。



 そこで初めて使用人の女は振り返り返って言う。



「こちらが……エルネ城の秘密の花園。バルド王の後宮になります」


「これが……後宮……」


 美しくも妖しげな夜の後宮の雰囲気に飲まれたエドナは、ただ呆然と呟くことしかできなかった。





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