聖女、大神官と対面する
「……お前、そんなことしてたのか?」
「あら、言ってなかったかしら?」
過去のエドナの行動……大神官の部屋にこっそり忍び込んで面会していた事を初めて聞いたジスタルは、呆れたように言うが妻は悪びれずにとぼける。
「とにかく。私はミゲルに面会して、姉の所在を聞き出そうとしたのよ。それで……予想通り、あいつは姉さんの事を知っていたのだけど……」
その時、当時の大神官ミゲルはエドナに何を語ったのか。
彼女は話を続ける。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「リアーナに……姉に会いたいか?」
大神官ミゲルはエドナから姉の所在を聞かれ、怪しげな笑みを浮かべながら……逆にそんな事を聞いてきた。
「もちろんです」
『姉に会いたいか』と聞かれれば、エドナの答えはもちろん決まっているから、彼女は迷うことなくきっぱりと答る。
「そうか……まあ、当然であろうな。……お前は姉がいなくなった理由を何と聞いている?」
「え……?それは……『良縁があった』……って。でも、そんなはずありません!」
それは姉だけでなく、他の聖女たちがいなくなった理由としても聞かされていたものだ。
だが、そんなものは到底信じられなかった。
「嘘ではないぞ。お前の姉も、他の聖女たちも……王に見初められて後宮に迎えられたのだからな。まさしく『良縁』だろう?」
「後宮……?王様に見初められて……?何なの……それは……」
思ってもみなかったミゲルの答えに、彼女は呆然となる。
ただ、後宮というのはよく分からなかったが、王が聖女たちを集めているというのは理解した。
「それは……みんな納得しての事なんですか?」
「おお、もちろんだとも。王の後宮に入れば、何不自由無い生活が約束されるのだから当然ではないか」
「……姉さんも?」
姉が自分に何も言わずそんな事を受け入れるはずがない……と彼女は思っている。
「リアーナか……確かに彼女は一度断ろうとしたが……」
そこでミゲルは意味ありげな視線をエドナに向ける。
リアーナは、一度は断ろうとしたが最終的には受け入れた。
それは何故か?
エドナは、彼の視線が意味するところを察してしまった。
「まさか……私をだしにしたんですか!?」
「ふふ……『王がエドナかお前を欲している』と言ったら、喜んで自ら進み出たのだぞ」
「なんてことを……」
きっと他の聖女たちも弱みに付け込まれたのかもしれない。
あるいは……もとより王の要求に逆らうことなど考えられなかったのかもしれないが。
そしてエドナは姉が自分の身代わりになって王に召し上げられた事を知り、怒りがふつふつと湧いてくる。
しかしそんなことはお構いなしに、ミゲルは続けた。
「どうだ?姉に会いたくば……お前も後宮に入れば良いのだ。ふふふ……その気があるならば、私が口添えしようではないか。ん?」
「そ、そんなの……!!」
彼女はミゲルの言葉を即座に拒絶しようとしたが、その言葉を途中で飲み込む。
(王の後宮……というのがどんな所か分からないけど、おいそれと侵入できるような場所ではないはず。ジスタルも頼れないし。だったら……!)
彼女は覚悟を決めて顔を上げる。
そして。
「……わかりました。私も……王様の元に連れて行って下さい」
「そうかそうか、それは賢い選択だな。では、手配するから自室で待て。……そうそう、他言は無用だぞ。違えれば……分かるな?」
ミゲルの念押しに、無言で頷くエドナ。
もう後には引き返せない。
姉に会って……王に直訴する。
それですんなり返してくれるなら、それで良し。
そうでなければ、力尽くでも……
彼女はそんな事を内心で考えていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
大神官の執務室を辞したエドナは、また人目につかないように自室へと戻る。
もともとは姉と一緒に暮らしていた部屋。
リアーナがいなくなってからまだ数日だが、一人で使うには広すぎる……とエドナは感じていた。
「姉さん……待ってて、必ず助けるから」
ミゲルは『自ら進んで』などと言っていたが、そんなのは嘘に決まっている。
他の聖女たちだって嫌々連れて行かれたに違いない……と、彼女は考えていた。
そして、神殿の最高権力者である大神官と、国の最高権力者である王の意思によるものなら、神殿上層部も騎士団もあてにならない。
ならば自分で動くしかない……と考えたからこそ、彼女はミゲルの提案を受け入れたのだ。
せめて義母のミラには話しておくべきか?
そう考えもしたが、彼女の立場を危うくしかねない、巻き込むわけにはいかない……そう思えば相談することもできなかった。




