発端
「……ジスタルとデニス様は、スラムの住民を何とかしようと視察に来たの」
ジスタルと出会った時のことを思い出しながら、エドナは話を続ける。
当時の王都は様々な要因により幾つかのスラム街が存在し、犯罪の温床となっていることが問題視されていた。
しかし、犯罪行為をいくら摘発してもイタチごっこであり、国家上層部は日々頭を悩ませていた。
結局のところ抜本的な解決のためには……まともに職に就く事ができない貧困層や、身寄りのない子供たちを何とかする必要があったのだ。
「それで、デニスが親父さんに頼まれて現状視察に行くってんで、俺も付き合わされた……ってわけだ」
「……ふふ。あなたの方から頼んできた……って、デニス様が言ってたわよ。その後も随分と積極的に関わっていた……とも。流石は正義の騎士様よね」
妻の言葉に、頬をかくジスタル。
どうやら照れているらしい。
「そういった経緯から、スラム街の住民に対する様々な支援政策が行われて……その一環として、エル・ノイア神殿には救護院が設立されることになったの。……私達姉妹も、そこに引き取られたのよ」
そして、当時の救護院の院長は現大神官のミラである。
彼女は身寄りのない子供たちの『母』として愛情を注ぎ、立派に巣立つことが出来るように教育にも力を入れた。
エドナとリアーナも彼女を母と慕い、過酷なスラム暮らしから一転して、平穏で幸せな日々を手に入れた。
「そして……私と姉さんはそこで『聖女』の素質を見出されたの」
それを聞いたレジーナは、義母がアルドに明かしていた『判別のための道具』の存在を思い出す。
おそらく彼女たちも、その道具によって素質を見出されたのだ……と。
そして、救護院に引き取られた資質のある子供たち……身寄りのない彼女たちに、目をつけた者が現れたのだろう、とも。
「姉さんはもともと身体があまり丈夫ではなかったのだけど……それでも普通に暮らせていたのは、加護があったおかげらしいわ」
聖女候補として、姉妹の神殿内における地位は更に向上する。
「勉強に、教養に、聖女としての振る舞いに……いろいろ覚えることがたくさんあって大変だったけど。姉さんがいて、ミラ母さんがいて、救護院の仲間がいて……充実した日々だった。……騎士になったジスタルも、様子を見によく来てくれたし」
懐かしそうに、彼女は柔らかな微笑みを浮かべながら言う。
厳しくも楽しかった日々を経て、姉妹はやがて正式に聖女となる。
今度は聖女としての仕事で忙しくなったが、充実した日々であることに変わりはなかった。
だが。
エドナの微笑みが、辛そうな表情になる。
ずっと続くはずだった幸せの日々。
それが崩れ去るのはいつだって唐突である。
……彼女はその事を既に、身を持って知っているはずだった。
歯車が狂い出したのは、姉妹が引き取られてから数年後のこと。
「ある時、私達の同期の聖女が何人かいなくなったの。その中には同じ救護院出身の娘もいたし、別の街の救護院から来た娘もいたのだけど……『救護院出身』という点だけは共通していた」
その話になると、レジーナは眉をひそめる。
そしてその表情を見てエドナは察する。
「どうやら……その辺の事情は知ってるみたいね」
「……自分で調べただけなので細かくは知りません。ですが、ある程度の経緯なら……」
レジーナの言葉に一つ頷いてから、エドナは続きを話し始める。
「当然、私はミラ母さんに事情を聞いたんだけど……『良縁があった』としか聞かされなかった。もちろんそれで納得はしなかったし、そもそも当の母さんも腑に落ちていない様子だった」
今では最高位の大神官の地位にあるミラ。
彼女は当時でも、かなり高位職ではあったが……神殿上層部の意思決定に関わるような立場ではなかった。
故に、彼女がエドナに答えた言葉も誰かから聞かされたものに過ぎない。
「何かがおかしい……と思っても、何も知らない私たちにはどうすることも出来なかった。そして、それ以降も時どき似たような話しがあったのだけど……。ある日、ついに姉さんもいなくなってしまった」
果たしてその時……エドナの姉、リアーナの身に何が起きたのか。
そして、どのような経緯で彼女はレジーナを産むことになったのか……
話は、いよいよ核心へと迫る。




